メジャーデビューを目前にコロナ禍へと突入し、思うようなバンド活動が許されない中、懸命にもがき続けてきた2021年。稲生司(Vo&Gt)の重度のぜんそく発症によって療養を余儀なくされた2022年。そして今年4月からスタートした本ツアーは、吉河はのん(Dr)の持病の治療による一時離脱を受け、サポートメンバーを招いた特別編成で開催された。
■満身創痍ながらも歩みは止めず メンバーの「居場所を守る」決意の全国ツアー
ライブは最新EP『A disease called love』(3月15日配信開始)のオープニングを飾る「A disease called love」でスタートし、稲生の「ハローZepp DiverCity。Mr.ふぉるてです」というあいさつを機に「なぁ、マイフレンド」へとなだれ込んだ。重厚なビートとストリングスが生み出すスリリングな空間から、エネルギッシュなバンドアンサンブルが飽和する場へと一変したフロア。そこに<僕らを結ぶものは目には見えないが きっと確かにここにあるんだ><僕らは無敵さ>という歌詞が響き、ファンの心を打った。
「ツアーファイナルですけど、この人生でこのバンドの旅はまだまだ終わらない」と叫んだ「ジャーニー」の後、稲生はサポートドラマーを務める大貫みく(the peggies)を紹介。続けて大貫も自らマイクを取り、「『はのんちゃんの居場所は私が守る』って言い始めてから21本目」とツアーを振り返りながら、「今日はZepp DiverCityのみんなと心の距離をグッと近づけて帰りたいと思っています」と意気込んだ。
コール&レスポンスで会場を温め、4人は怒とうの勢いで「さよならPeace」「救いようのない世界で」「さみしいよるのうた」といったインディーズ時代の楽曲を披露。そして、もう1人のサポートメンバー・やまもとゆきこ(Key)をステージへ招くと、切なげなエレピの音色などを採り入れた「アバンチュール」「君守歌」をじっくり聴かせ、稲生は静かに言葉を紡ぎ始めた。
はじめに「ありきたりな言葉ですけど、ウソじゃないんで何回でも言います。ありがとうございます」と感謝。続けて「ツアーが始まったのはだいぶ前で、就職や入学から少し経ったくらい。5月病って言葉もありました」と回顧し、「でも5月に限らず、1年中あると思っています。上手くいかないこと。誰にも言えない暗い秘密を背負っちゃうこと。泣きたくなる夜があること。悩んだってどうしようもないのに悩んじゃうこと。きっと誰にでもそういうことがある」と語りかけた。
そして「勝手に自分自身をどんどん追い込んだり、直接誰かに『弱っちいな』って言われたりもして。そんな夜が誰にでもあると思う。でも僕は、弱いままでいいと思います。力やメンタルが強いとか、本当の強さってそういうことじゃない。弱さを受け入れて、一緒に生きていくことだと思います」と背中を押す。
この言葉には、昨年自身が喉の炎症からぜんそくを併発し、歌い手としての未来さえも脅かされる事態に陥ったという背景があった。稲生は「肺年齢が95歳以上だと言われて、歌うどころかしゃべれなくなって。人の温かい言葉も、歌の味もしなくなった。誰にも言えず、1ヶ月以上部屋に閉じこもる日々が続きました」と声を震わせる。
しかし「ちょっとしたことで前に進むきっかけは作れると、その挫折を経て知りました。ベッドから起き上がる、それだけでも進めている」と力を込め、「もしこの中に押し潰されそうな人が1人でもいるなら、あのときの自分に向けた曲だったけど、自分はもう大丈夫だって思えるから、大丈夫じゃない人に歌いたいと思います」と、復帰後に発表した楽曲「無重力」を懸命に届けていった。
■溢れんばかりの思いを歌と演奏に 成長も明示したアンサンブル
メジャーデビュー以降、決して順風満帆ではない歩みの中で昨年末にはホール会場での単独ライブも成功させた彼らだが、Zepp DiverCity(TOKYO)でのワンマンはこの日が初。そんな記念すべきライブにふさわしく、雷鳴や雨音のSEを採り入れた「エンジェルラダー」や、照明で見事に星空を描き出した「シリウス」など、趣向を凝らした舞台演出も随所に散りばめられた。
こうした演出の数々は、楽曲の世界観をさらに深めると同時に、バンドの演奏やサウンド、パフォーマンスの進化を浮き彫りにする役割も果たした。
福岡樹(Ba)は、Fender製American Professional Jazz Bassと同社製Mike Dirnt Road Worn Precision Bassという個性の異なるベース2本に、指弾きとピック弾きによるバリエーションも加え、ボトムを支えつつ印象的なベースラインもハジき出した。
さらに「promenade」や「君の星」では、メジャー1stアルバム『Love This Moment』(2022年3月発売)から本格的に採り入れ始めたスラップ奏法を繰り出し、「愛慕 -remix ver.-」と「エンジェルラダー」では、NovationのBass Station II(アナログシンセサイザー)を奏でるシーンも。開演前の影ナレやコール&レスポンスで見せたポップなキャラクターとは裏腹に、堅実でかつアグレッシブな演奏を貫いた。
阿坂亮平(Gt)は、ライブ終盤のMCで「ライブの前日にすべてのギターを並べて円陣を組む」と明かし、自ら「キモいってわかっているけど、もう“俺”って言わない。今日の“俺ら”、やばいから」とステージをともにする“相棒”への信頼度を告白。その言葉通り、長年メインに起用しているFender American Vintage Stratocasterのほか、今回から新たに導入した同社製Player Telecaster、学生時代に愛用していたゴールドトップのEDWARDS E-LP-STD/Pなど計4本のギターを起用した。
ギター群にFender Custom Shop製の希少なアンプ・Bass Breakerという盤石の布陣で鳴らされたサウンドは、軽快なカッティングや歌心のあるソロといった阿坂自身のフレージングと相まって、アンサンブルの中で圧倒的な存在感を提示。加えて、「さよならPeace」でのワウプレイや、「エンジェルラダー」での巧みなトレモロエフェクトでも楽しませつつ、「愛慕 -remix ver.-」ではKORG製minilogue xd(アナログシンセサイザー)で奏でるリフでも聴き手の耳を掴んだ。
稲生は、ピックガードやブリッジなどに自らカスタマイズを加えたGibson Les Paul Specialをメインに据えつつ、「君の星」と「シリウス」ではGretschのアコギ・G5022CWFE Rancher Falconも使用。フレージングの立ち位置としては基本的にバッキングを担うものの、「さよならPeace」「アバンチュール」「君守歌」といった楽曲では、自身のコードストロークやブリッジミュートでバンドを力強く導いた。
さらに稲生は、より洗練度を高めたアンサンブルや曲調の拡がりなどに合わせ、アンプをMarshall製1987X+FRIEDMAN製EXT-212という組み合わせへの変更や、KLON製KTR(オーバードライブ)の追加、FREE THE TONE製ARC-53M(オーディオルーティングコントローラー)の導入など、サウンドシステムも大幅にブラッシュアップ。
一方で、「愛慕 -remix ver.-」や「エンジェルラダー」「promenade」ではギターを手にせず、ボーカリストとしてのパフォーマンスに徹するシーンもあった。特に本編ラストの「暗い部屋の中、明るいテレビ」では圧巻の歌唱を披露。演奏前にコロナ禍について言及し、「音楽を手放さなかった人がいて、音楽をやめなかった僕らがいて、ライブハウスがあって。だから今日がある。戻ったんじゃなくて、新しく作ったんだと思います」と語った稲生。そんなメッセージの後に叫ばれた<過去から学んで今日を進むのさ>という詞は、同曲が生み出された瞬間以上の希望とともにファンの心へと届いた。
■未発表の新曲も初披露したアンコール 笑顔で交わす“一生モノ”の決意
万雷の拍手に呼ばれたアンコールでは、はじめに「I Love me」という新曲を披露。本編で「マールム -malum-」を演奏した際、稲生は「“I love you”は大事だけど、“I love me”はもっと大事だと思う。みんなの中の誰か1人でもI love meでいられなくなったとしても、僕らがずっとI love youでいます」と伝えていたが、この新曲の演奏前にも「この曲を聴いているときくらいは、自分のことを愛してやって欲しいです」と呼びかけた。
この日のライブでメンバーは、ファンの日常や心情に寄り添う歌、メロディー、演奏を届け続けた。すべての楽曲にも通底するこの姿勢は、もはやバンドのアイデンティティーでもある。
そんな彼らは、最後に「生活の中で抱えてしまった不安とか苦しみを消したり、はたまた希望を僕らがあげられる瞬間っていうのは、歌を歌って音楽を奏でているほんの一瞬かもしれないですけど、みなさん1人ひとりの笑顔を見ていたら、その“一瞬”をステージで一生続けていきたいと思いました」と決意を口にし、満員のフロアに向けた「幸せでいてくれよ」でライブの幕を下ろした。
■『Mr.ふぉるて A disease called “love” 〜君の頭の中で自由に泳げていたらツアー〜』Zepp DiverCity(TOKYO)公演セットリスト
01. A disease called love
02. なぁ、マイフレンド
03. ジャーニー
04. さよならPeace
05. 救いようのない世界で
06. さみしいよるのうた
07. アバンチュール
08. 君守歌
09. 無重力
10. 愛慕 -remix ver.-
11. エンジェルラダー
12. Intro(sweet life)
13. トライアングル
14. Love flies
15. promenade
16. 君の星
17. シリウス
18. マールム -malum-
19. 夢なずむ
20. あの頃のラヴソングは捨てて
21. 暗い部屋の中、明るいテレビ
En1. I Love me(新曲)
En2. 幸せでいてくれよ