[映画評]「EO イーオー」…さすらいのロバ、その愛とプライド

 この映画が描くのは、EO(イーオー)という名のロバの流転の旅路だ。見ているこちらは人間なのに、気がつけば心はEOの側。ポーランドの巨匠、イエジー・スコリモフスキ監督は、もの言わぬEOの物語を通して、この世界をどう生きていきたいか、観客の心に問う。(編集委員 恩田泰子)

 EOは、サーカスで人間の女カサンドラ(サンドラ・ジマルスカ)の相棒としてショーに出演していた。EOを荷役にこきつかう者もいたけれど、カサンドラとの時間は美しいもの。だが、きわめて現代的な理由によって一座での日々は突然終わり、EOとカサンドラは離れ離れになる。やってられない。そう思っても不思議ではない状況下に置かれたEOは、ほどなく放浪し始め、ポーランドからイタリアまで流れていく。

 スコリモフスキ監督に本作のひらめきをもたらしたのは、ロベール・ブレッソン監督が1960年代半ばに撮った「バルタザールどこへ行く」だという。残酷な運命にのみこまれていく少女の物語を、彼女がかわいがっていたロバの転変と重ねて描く映画だ。

 「EO」は流転のロバのまなざしを通して、今の世のありようを映し出す。その黒い瞳に一体何が映っているのか。頭の中には何が去来しているのか。魅惑的な映像言語をもって観客に体感させる。

 冒頭で映し出されるのは、サーカスのショーでの一幕。倒れたEOを女が救う、という筋書きらしい。果たしてEOが立ちあがると、その命を祝福するかのように女は舞い、拍手が送られる。赤く明滅するそのひとときのなんと鮮烈なことか。そして、それにくらべて、その後の現実のなんと味気ないこと。

 そのロバは、黒い瞳のその奥で、何かを夢見て、激しく求めたのではないか――。見るほどに、自然にそう思えてくる。

 この映画は、観客を主人公に同情させるのではなく、同期させる。そして、旅路の間も折に触れて映し出されるEOの記憶・心象と思われる、夢のような悪夢のような光景を通して、生きるということを凝視させる。

 スコリモフスキ監督は、2010年の監督作「エッセンシャル・キリング」でも流転の主人公を描いた。ヴィンセント・ギャロが演じたその主人公は生きるために獣のようになっていくが、「EO」はそれとはまるで鏡合わせだ。主人公のロバはどうやら、ただ生きることを是としていない。愛とか誇りとかそういったものに突き動かされて極限へ向かっているような。それとひきかえ、人間たちと言ったら……。

 生きるということは一筋縄ではいかない。そのことを、人間とそれ以外の動物の境界線をも超越して大胆不敵に描き出す映画。スコリモフスキ監督は、1938年5月5日生まれ。ちょうど85歳になるわけだが、苛烈さと美しさが同居する映像と音の表現、作品世界は、丸くなるどころか、すごみを増す一方だ。

 主演をつとめるサルデーニャ種のロバ(最初に見いだした「タコ」という名のロバをはじめ、6頭で演じているという)の演技にも心奪われる。人間や馬といった、その他の生きものとのアンサンブルも見事。名女優イザベル・ユペールも出演している。

 旅路の果てをめぐる終幕の展開をどう解釈するかは、観客次第。それがどんなものであれ、EOの黒い瞳、孤独な歩みは、観客ひとりひとりが何を大切に思って生きているかを、きっと照らし出す。

 2022年のカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞。

「EO イーオー」=上映時間:1時間28分/ポーランド、イタリア/配給:ファインフィルムズ=5月5日公開

※写真はすべて、(C) 2022 Skopia Film, Alien Films, Warmia-Masuria Film Fund/Centre for Education and Cultural Initiatives in Olsztyn, Podkarpackie Regional Film Fund, Strefa Kultury Wroc●aw, Polwell, Moderator Inwestycje, Veilo ALL RIGHTS RESERVED(●=はポーランド語のアルファベット「エウ」)

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