[映画評]「ザ・メニュー」…カリスマシェフの過剰な料理愛、恐怖とブラックな笑いが同居

[映画評]「ザ・メニュー」…カリスマシェフの過剰な料理愛、恐怖とブラックな笑いが同居

映画「ザ・メニュー」から。シェフのスローヴィク(レイフ・ファインズ、左)と、マーゴ(アニャ・テイラージョイ) (C)2022 20th Century Studios. All rights reserved. 【読売新聞社】

(読売新聞)

 ちょっと、のぞいてみたくなる映画なのである。小さな島に作られた今をときめく高級レストランで、ある晩、何やら恐ろしいことが起きる……という設定もさることながら、レイフ・ファインズやアニャ・テイラージョイ、ニコラス・ホルトといった、「いい仕事」を重ねてきたキャストへの信頼感、さらには、予告編などでちらと見た端正な映像に、興味をそそられる。

 加えて、監督のマーク・マイロッドや脚本のウィル・トレイシーらは、数々の賞に輝くテレビドラマ「メディア王〜華麗なる一族〜」の制作陣でもある。実際、見てみると、役者と料理・美術がシニカルな物語を引き立てて、やっぱり結構いけるのだ。

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腹も自尊心も満たしたい客たち

 物語の舞台となるレストラン「ホーソン」は、自然の恵みをたっぷり生かして独創的なコース料理を出す、今どきのハイエンドな人気店。カリスマシェフのスローヴィク(ファインズ)はIT長者のバックアップを受けて、アメリカ北西部の港からそう遠くはない島に自分の世界を作った。

 ちょっとやそっとでは予約できないこの店で1人1250ドルのフルコースを味わうために船でやって来た客は、料理通らしき男タイラー(ホルト)と連れの女マーゴ(テイラージョイ)に加え、著名な料理評論家の女と編集者の男、常連とおぼしき熟年夫婦、IT成金の3人組、落ち目の映画スター(ジョン・レグイザモ)とアシスタントの女という顔ぶれ。大半は、実情はともかく、金や社会的地位にものを言わせて生きてきた面々だ。

 ほとんどの客にとって重要なのは、ホーソンの客になったという勲章。腹も満たしたいが自尊心も満たしたい。シェフの仰々しい前説とともに出される、手の込んだ、でも、どこか人を食った料理を鷹揚(おうよう)に楽しみ始める。ただ、マーゴだけはしらけ顔。シェフの態度や料理への違和感を率直に表明する。そのふるまいは当初は無粋に映るのだが――。

鋭い風刺、俳優のうまさが面白さを増幅

 オープンキッチンが舞台なら、ダイニングエリアはさしずめ客席。劇場のようなレストランの真ん中に君臨するシェフは座長で、彼がつくった精緻(せいち)なシナリオに沿ってコースは進んでいく。

 海に囲まれた美しい料理店が、逃げ場のない地獄に変わるというアイデアは、脚本のトレイシーがノルウェーの小さな島の高級料理店に行った時に思いついたものだという。そこからセス・リースと一緒に書き上げたシナリオは、鋭い風刺と黒いユーモアに富んでいて、観客に震えと笑いを同時体験させる。

 物語が進むにつれてどんどん明らかになる客たちの俗物ぶりは類型的ではあるのだけれど、皮肉の効いた細やかな人間描写と、演じる俳優たちのうまさでしっかり肉付けされている。高級店で虚勢をはり、わかったようなことを言っていても、実は全然……という感じがいちいちよくわかる。というか、店のレベルはかなり違えど、自分も身に覚えがあるような。常連客にシェフが、自分の料理を覚えているかどうか、問い詰めるシーンに思わずどきり。そして、その後のおかしくも恐ろしいやり取りと言ったら。

 シェフのキャラクターも、ファインズが演じたことによって陰影に富んだものとなり、単なるモンスターではなくなった。それどころか、彼の料理への純情と、それが日々汚れていくことへの絶望について、正面から考えてみたくなったりもする。

きちんと作り込まれた映画の楽しみ

 料理とセット、衣装も、物語の強度を増す。いかにも昨今の高級店らしいシンプルで端正なたたずまいだが、どこか度を過ぎた潔癖感が、シェフ本人の異常性と呼応する。

 シェフと「対決」するマーゴのドレスも絶妙だ。ぺらっとした素材で、なんで、こんな安っぽく見えるものを着ているのだろうと思っていると、合点がいく瞬間が訪れる。うーん、きちんと作りこまれた映画って楽しい。いろいろ怖い物語ではあるけれど。(編集委員 恩田泰子)

◇「ザ・メニュー」(原題:THE MENU)=2022年/アメリカ/1時間48分/R15+/配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン=11月18日から、東京・TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

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