朝の光が差し込む長屋の裏路地で、桜色の着物を身にまとい、穏やかな微笑みを浮かべる主人公おきくの姿が描かれたイラストをついて、おきく役の黒木は「墨絵のようなモノクロとは対照的な、こうのさんが描くカラーのイラストからは、おきくの真っ直ぐさや強さがにじみ出ていて、また新たな世界観を感じられました。このようなかたちで描き下ろしていただくことは初めてなので、とてもうれしいです」と喜びを伝えている。
もう一面は実写版で、広告制作およびアートディレクションや、映画『誰も知らない』(2004年)、『海よりもまだ深く』(16年)などの宣伝美術を手がけた葛西薫による、おきく、中次(寛一郎)、矢亮(池松)の3人が厠(かわや)の軒先で雨宿りをする印象的なシーンが切ったビジュアルとなっている。
予告編は、長屋で暮らす武家の娘、おきく(黒木華)が、紙屑拾いの中次(寛一郎)と下肥買いの矢亮(池松壮亮)との雨宿りでの出会いのシーンからスタート。身分の低さを理由に身を引きながらも、おきくへの想いを胸に秘める中次と、強気に振舞う反面、中次へのいじらしい恋心を隠せないおきく。切ない恋模様が伺える。しかし、ある日、おきくは悲惨な出来事に巻き込まれてしまい、喉を切られ声を失ってしまう衝撃のシーンが…。
過酷な運命に見舞われ、声を失いながらも、身振り手振りで精一杯に気持ちを伝えようとするおきくを、黒木が繊細かつ感情豊かな演技で体現。観る者の心を揺さぶる。そんなおきくに淡い思いを寄せる中次を演じる寛一郎が、おきくの父(佐藤浩市)と厠(かわや)で鉢合わせ、映画のタイトルにもある「せかい」の言葉にまつわる会話を繰り広げる、親子共演の場面も。さらに、江戸の循環型社会を象徴する下肥買いの矢亮を池松が、躍動感あふれる演技で観る者を魅了する。
江戸末期、東京の片隅。つらく厳しい現実にくじけそうになりながら、それでも心を通わせることを諦めない若者たちを描いた本作。墨絵のように美しく描かれる切なくも愛しい恋と青春、モノクロ映像の中で鮮烈な印象を与える黒木の演技、至高の日本映画を予感させる。