「48歳ぐらいの時にモヤモヤしてて。SMAPが解散して、すごかったんですよ、彼らと仕事してた20年って。この馬車から落とされたくないっていう思いで仕事続けてたんですよね。常に緊張感。それがなくなって、ずっとモヤモヤしてて」と回想。
そんな時、山下達郎のライブを鑑賞。「最後におまけです!って歌った歌が『Last Step』っていう曲で。それ聞いたら、あ、辞めりゃいいんだ!って急にひらめいて。辞めたら全部解決するなって」と背中を押される形になったという。
「バラエティとか舞台、ドラマってって書き物が多くて常に追い込まれてる」と常に緊張感を背負う放送作家生活。
「テレビ局で鈴木おさむが辞めることを歓迎している人がいる、みたいな」とネットニュースを引き合いに、大御所作家ゆえに鈴木の会議は確認の会議になってくるため、テレビ局から鈴木不要論の声があると語り「そりゃそうだろ、そういうことを思うから辞めるんだよとも思って」。
偉くなると、プロデューサーの相談相手のような立場になるといい「SMAPの番組とかだと、結構自分が作家を超えてプロデューサーとか演出的な立場になってやってたところもあるんで。それが一個なくなって、これやり続けてていいのかというのがずっとあった」と心中を口にした。
会議での承認や確認作業だけになるのが嫌という思いがあり、「コンプレックスもあって、舞台やり続けてるところもある。ちゃんと書くっていう最大のめんどくささというか。ちゃんと書いてるぞっていうのを証明するために舞台をやっていた」。
今後は若手の支援もしていく。「50歳以上のテレビ業界人の問題はほんとに深刻。諸先輩に対して言いたいことは、若手に選択肢をたくさん与えてほしい。早めにチャレンジして、成功することができれば選択肢を与えられる」と私見。
また、秋元康氏がAKB48のプロデュースを始めたのは47歳、伊丹十三が映画撮り始めたのが50歳ということを踏まえ「めちゃくちゃ意識した。みんな50から第2の人生始めてるんですよね。まだ間に合うと。今のうちに新しいことやって、違うことやれば50代にも光を照らせると思った」とも語った。