薄衣まとう高校生ダンサーら暗闇のパフォーマンス 息のむ観客

薄衣まとう高校生ダンサーら暗闇のパフォーマンス 息のむ観客

月灯りの移動劇場のダンス公演「Silence(サイレンス)」の群舞を稽古する杉浦ゆらさん(右)と副島日毬さん。手前は河西進さん=名古屋市中川区で2022年10月19日、兵藤公治撮影

(毎日新聞)

 ◇コロナ下に「月灯りの移動劇場」

 「踊っている時に星が見えた。雨が本当に降ってくるかもしれない」――。御巫のような薄衣をまとった高校生ダンサー、杉浦ゆらさん(17)は初日の公演を終えた緊張がほどけて、そう語った。

 20日夜、中川運河に臨むリンナイ旧部品センター駐車場。名古屋を拠点にするダンスカンパニー「月灯(あか)りの移動劇場」の新作公演「Silence(サイレンス)」が幕を開けた。名古屋を皮切りに長野県松本市、京都市、北九州市、横浜市など12月まで全国ツアー公演で巡る。

 入れ墨をした上半身裸の男が骸骨の人形を糸で操りながらにじり出てきた。傀儡師(くぐつし)として活動するA2C(問川敦司)さんだ。白砂を敷き詰め屋外に設けられた正方の平面舞台。篠笛(しのぶえ)や尺八、太鼓などの音が鳴り響く。時折、舞台背面にある道路を走り抜ける車のノイズも混じる。

 暗闇で防寒して見守る約70人の鑑賞者は、眼前で始まったパフォーマンスに息をのんだ。

 今度は、杉浦さんと副島日毬さん(17)の女子高生ダンサー2人が地面をはうように絡み合って現れた。仮面をつけたマイム俳優の奥野衆英さん(47)は微動だにせずすっくと立っている。出演者で最高齢の74歳の画家、河西進さんが鬼の形相でにらみつける。水がポチャンポチャンと落ちる効果音が響いてきた――。

 一体全体、これは神事なのだろうか。あるいは何かをこいねがう儀式なのだろうか。

   ◇

 「踊ることは、果たして社会にとって必要不可欠な行為なのか」

 2020年から世界中を覆ったコロナ禍。カンパニーを主宰し、国内外で活動する浅井信好さん(38)はずっと問い続けている。

 「月灯りの移動劇場」は、ともにパリを拠点に活動してきた奥野さんと2人で15年に結成したカンパニーだ。17年には実家の名古屋市中川区にあったビルをコンテンポラリーダンスのプラットホーム「ダンスハウス黄金4422」として再生。レジデンス方式で舞台作品を製作発表したり、数々のダンス講座を運営してきた。

 浅井さんはストリートダンサーから出発、舞踏集団「山海塾」に11年まで5年間所属した。その間にも在外研修員としてベルリンやイスラエルのバットシェバ舞踊団へ派遣。演出家、振付家としても幅広く活動している。

 コロナ下の20年に製作・発表したソーシャルディスタンス型の円形劇場「Peeping Garden(ピーピング・ガーデン)」は一つの回答だった。

 円形劇場は30枚の木製ドアと壁を配置し、鑑賞者は一人ずつ仕切られた空間でドアに開けられたのぞき穴を通して舞台を見つめた。コロナ感染の不安を拭い去るだけでなく、のぞき見するワクワク感も相まった新しい鑑賞形式として異彩を放った。21年に全国7都市で上演され、毎日新聞やNHKをはじめ、ロイター、HUFFPOST、Domusなど世界35カ国以上のメディアが取り上げた。

   ◇

 杉浦ゆらさんは10歳からダンスを始めた。中学時代から浅井さんに師事し、16年から「月灯りの移動劇場」に参加してきた。デザイン事務所で働いた経験のある母親の亜希さん(44)はカンパニーの制作を担当しながら支える。

 ゆらさんは3人娘の長女として生まれた。亜希さんは「ゆらゆらのんびり生きてほしい」との願いを込めて名付けた。身長153センチ。母も妹も背が高いのに自分はなぜか身長がなかなか伸びない。「牛乳を飲んでいるのに。もっと伸びてほしい」と屈託ない。

 私は2年前、黄金4422で「ピーピング・ガーデン」を稽古(けいこ)中の彼女を目の当たりにして心を奪われた。名古屋を拠点に活動する多くのダンサーを取材するなかで、期待のホープとして注目するダンサーの一人だ。

 ソロダンサーとして別の公演で活躍する舞台も増えつつある。20年には、世界的ダンサーで俳優としても活躍する田中泯さん(77)の手がける作品のオーディションに通って出演。21年には名古屋であったミュージシャンの中村佳穂さんのコンサートにゲストダンサーとして招へいされた。

 ゆらさんは国際バカロレア機構の認めるインターナショナルスクール、名古屋国際高校(名古屋市昭和区)に通う2年生。卒業後の進路をどうすべきか悩む。

 「もうダンスはきっぱりやめる」

 来る日も来る日も練習の毎日。公演をしているときの喜びと、していないときのしんどさからこんなことを口走ったという。心配顔の亜希さんは笑顔になって「今は前を向いている。学校の理解も進み、今年のツアーは公休扱いにしてもらえる」と教えてくれた。

   ◇

 「サイレンス」は日本の農耕儀礼や土着の伝統芸能について1年間リサーチして、「踊り」を根源的に見つめ直した作品だ。「円形劇場から一転して、今年は身体そのものにフォーカスした」と浅井さん。地元には「おしゃもじさん」と呼び親しまれる運河の守り神・西宮神社がある。そこから愛知・奥三河に伝わる花まつりや、長野・諏訪大社の神事などさまざまな儀礼を解体、再構築して振り付けた。農耕民族だった日本人のルーツを思い、振り付けには、大地を力強く踏みしめる動きも多い。

 公演終盤は、円の動きの群舞となって、一気に最高潮に達する。そのあと、2人の女性ダンサーだけが手足をくねらせて天を仰ぐ。さながら雨乞いをしているようだ。

 20日夜の公演後にあったアフタートークで浅井さんは、京都市を拠点とする彫刻家、名和晃平さんと対談した。愛知の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2013」に参加し、泡が次々と隆起して形を変える巨大なインスタレーションを倉庫ビルに出現させた現代作家としても知られる。

 奥野さんのつける3種の仮面は、名和さん率いる京都芸術大生らでつくる「URTRA_Ssndwich#18」がデザインした。屋外の名古屋公演では夜空に木星が輝いていたが、ツアー先の屋内会場では霧雨を降らせる演出が予定されている。名和さんは「ノブさんの舞台は常に進化していくから」と話す。

 浅井さんは、コロナ禍の続く時代にダンスのあり方を見据える。「本来の踊りは生活とイコールの関係にあった。テクノロジーが発達した時代に身体は必要なのか。コロナ禍で若いダンサーたちがインスタグラムに発信することが増えた。コロナ前に比べると身体が弱くなり、身体がそこにない現象を感じる。ダンサーという職業は必要なのか。ダンスや踊りは社会にとって本当に必要なのか。これから先、踊っていくためにもその問いが必要だった。世界的にみても、デジタルトランスフォーメーションがいい事と考えられている半面、田舎で暮らす自然回帰の動きもあり、二極化でなく混ざり合っている時代だ。今こそ体の美しさとか、肉体の必要性とか存在論を考えていくのは大事だと思う」

【山田泰生】

 各地の主な公演情報は次の通り。名古屋公演=10月23日まで午後7時開演▽松本公演=11月4〜6日、上土劇場▽北九州公演=11月25〜27日、北九州芸術劇場小劇場▽横浜公演=12月2〜4日、BankART Station(新高島駅地下1階)。問い合わせは070・5642・8406。

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