今回、母親役のソヨンを演じた歌手のIUことイ・ジウンと、ソヨンを追跡しつつも彼女の境遇に心が揺れる刑事を演じたイ・ジュヨン、そして彼女たちの魅力を知り尽くす是枝監督による鼎談が実現。撮影秘話や思い出深いシーンについて語る3人の言葉からは、『ベイビー・ブローカー』という作品とお互いへのリスペクトが伝わってきた。
■「イ・ジウンさんたちの表情で、『いいものが撮れたな』というのは伝わってきました」(是枝監督)
――「マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん〜」で注目していたイ・ジウンさん、「梨泰院クラス」で惹かれたというイ・ジュヨンさんと本作を撮られた是枝監督ですが、それぞれお2人のシーンで一番心に残っているのはどこですか?
是枝「(だいぶ悩んだ末)イ・ジウンさんは、カン・ドンウォンさんと観覧車に乗るシーン!あれはその場に立ち会えてないからね。ゴンドラの中は狭くて乗り込めなかったからカメラマンしか乗っていなくて、地上で待っていたんです。一度地上でリハーサルはやったんだけど、観覧車が上に行っちゃうと電波が届かなくて音声も取れなくなっちゃうから、どんなカットが撮れているか終わってみないとわからなくて。ただ、降りてきた時の(イ・ジウンさんたちの)表情とかで、『あっ、いいものが撮れたな』というのは伝わってきましたね」
――詳しくは劇場でご覧になって頂きたいですが、あのシーンでのイ・ジウンさんの演技、タイミングが絶妙でしたよね。
是枝「(しみじみと)感動するよね」
イ・ジウン「私じゃなくて、カン・ドンウォンさんの演技のタイミングが絶妙だったんですよ(笑)」
是枝「イ・ジュヨンさんだと…(まただいぶ悩んで)もともと好きな俳優だし、たくさんあるんだけど、『梨泰院クラス』の時もちょっとコミカルなところが好きだったんだよね。だから今回も、張り込みで辛ラーメン食べているところとか、ああいう軽いシーンかな。あとはイ・ジウンさんは、ペ・ドゥナさんとの夜の屋上のシーンとか。車の中で真っ直ぐペ・ドゥナさんに食ってかかるシーンもよかったね」
――是枝監督いわく、「ペ・ドゥナさんはなにかをしながらセリフを言うのが上手いから、今回もたくさん食べながら話してもらった」とのことですが、イ・ジュヨンさんもペ・ドゥナさんと一緒に車の中で食べるシーンが多かったですね。
是枝「そうそう。大変だったと思うよ(苦笑)」
イ・ジュヨン「撮影前、監督から『このシーンではあまり音をはっきり撮らないから、食べている音がよく聞こえるように、大きな口を開けて豪快に食べてほしい』というリクエストがあったんです。本当にたくさん食べましたね!」
■「あのシーンは本当に精魂込めて作りました」(イ・ジウン)
――先ほど監督がおっしゃった、お2人とペ・ドゥナさんが屋上で話すシーンもいいですよね。
是枝「好きです!撮影部も最高でした。あのシーンはもう、とにかく3人のバランスがすばらしくて…僕がいなくても撮れてたよ(笑)。僕はもう、本当に見ていただけです」
イ・ジュヨン「あのシーンは、かなりセットに力を入れていたと思います。3ショットでの初の撮影で、ライティングや3人の立ち位置に気を遣いました」
イ・ジウン「そうそう!(手で地面を表す仕草をしながら)雨がこんな風で…」
イ・ジュヨン「そう。地面が雨に濡れていて、その環境を活かしながら、セッティングにはかなり気を遣いました」
――是枝監督の作品には水に関する描写が多いですが、本作ではオープニングから豪雨の中を歩くなど、イ・ジウンさんがずぶ濡れになるシーンが多かったですね。
イ・ジウン「オープニング撮影はスケジュールの序盤だったんですが、本当にたくさんの雨に打たれました…」
是枝「すみませんでした!(一同笑)」
イ・ジウン「(笑)。でも、あのシーンは本当に精魂込めて作りました。スタッフの方も寒いからと言って私の体に温水をかけてくれたり、撮影後にはその場でお湯に浸かれるようにしてくださったり、気を遣ってくれて。ありがたいと同時に『申し訳ないな』とも感じました。心を込めて撮ったシーンだったので、カンヌ国際映画祭で上映されるのを観た時は、“よく撮れたなあ!”と感動しました。苦労した甲斐がありましたね」
■「『ベイビー・ブローカー』を通して出逢った方たちが大好き」(イ・ジュヨン)
――俳優のお2人に伺います。それぞれお互いのシーンで好きな場面はどこでしょう。
イ・ジウン「(笑顔で)私は、イ・ジュヨンさんがペ・ドゥナさんと2人で警察の制服を着て登場するツーショット!すっごくかわいいなあと。もっとあのシーンを見せればいいのに、と思いました」
是枝「(笑)」
イ・ジュヨン「私が気に入っているのは、窓から雨上がりの外を眺めながら、ソヨンが(カン・ドンウォン扮する)ドンスと会話をするシーンですね。前の日にあった対立をほぐすような雰囲気で、大好きです」
――イ・ジウンさんは、初の母親役にチャレンジしました。ウソン役の赤ちゃんやヘジン役を演じたお子さんとのふれあいはいかがでしたか?
イ・ジウン「映画のなかで、ソヨンはウソンを心の中では愛していますが、複雑な事情から、実際に心を通わせるシーンというのはあまりないんですよね。私が片想いをしているような、そんな感じでした。そういう役作りのため、現場でも寝ている時にだけ『かわいい!』と言って近づいて写真を撮ったり、よだれが垂れていたら拭いてあげるくらいで、ウソンのことはいつもカン・ドンウォンさんが見てくださっていました。ヘジンを演じたイム・スンスくんの場合は、本当に賢いし、才能が豊かなんですよ!昨日の夜も、私のイラストを描いたといってメールを送ってきてくれたり、私の曲をピアノで弾いて見せてくれたりとか。彼の魅力にどっぷりハマっています。将来が楽しみです!」
――イム・スンスくん、いずれまた是枝監督の映画に出演したり?
是枝「そうですね(一同笑)。彼との仕事は大変だったけどね(笑)」
――イ・ジュヨンさんは今年30歳で、俳優デビュー10周年ですね。節目の年に名優や名監督と作りあげた『ベイビー・ブローカー』は、特別な存在なのでは?
イ・ジュヨン「大学のころからお芝居をしていたので、本当に10年なのかな…?確かに、数えてみたらそうかもしれませんね。是枝監督は『夢を叶える秘訣で一番大事なのは“人”だ』と仰っています。私は『ベイビー・ブローカー』を通して出逢った方たちが大好きで、本当に“人”に恵まれたと思っています。長年仕事をしていると、自分の気持ちも変わってきますし、スランプに陥ったり、辛い時ももちろんあるんですが、今回の撮影ではいいことばかり起きたような気がします。私の記憶に長く残る作品でした。今日、ペ・ドゥナさんがいてくださったらなあ、とは思いますね」
――ちなみにイ・ジウンさんは6年ぶり、イ・ジュヨンさんはお仕事では初めての来日になりますね。日本で行きたい場所があれば教えてください。
イ・ジウン「私、表参道が大好きなんです!日本に来ると必ずショッピングしていました。あと、大好きなとんかつ屋さんもあって…」
是枝「『まい泉』だよね!」
イ・ジウン「ずっと行きたかったんです!」
イ・ジュヨン「実は日本に来たのは3回目なんです。昔、京都で食べたうな重が本当に美味しくて!今回、行けたらいいなと思っています」
是枝「『まい泉』、行けたらなあ…黒豚のとんかつ!僕も好きでたまに行くんだけど。うなぎは、近場だと渋谷の神泉にある『いちのや』とかおいしいんだよね。連れていきたいです!」
取材・文/荒井 南