【今週の秘蔵フォト】かつては「和製ブリジッド・バルドー」と呼ばれ、小悪魔的な演技で数々の映画やドラマに出演し、日本を代表する女優となったのが加賀まりこだ。1972年9月28日付本紙には、当時28歳と脂の乗った時期の加賀のインタビューが掲載されている。見出しは「いい年増になります」。和服でたばこをくゆらす写真は何とも言えない迫力に満ちていた。当時は東映「昭和極道史」を撮影していた時期で、加賀は“女胴元師の美佐”を演じていた。任侠映画は初めての出演だったが、ばくちのシーンは実に堂に入っていた。
「深夜映画のファンなの。ヤクザ映画も大好き。スクリーンの中で起こっていることが目の前で起きているみたいね」と堂々たる態度で語ったが、それを裏付ける“武勇伝”もあった。69年に新宿のアンダーグラウンド劇場「蠍座」で上演された「夏」に出演した際は舞台の袖に一度引っ込むと、外に出て劇場の裏を回り、反対側の袖から舞台に出なければならなかった。
「道路を急いで回ろうとしたら、裏でヤクザがナイフを出してケンカしていたのね。怖かったけどそこを通り過ぎちゃった」。きっと向こうも驚いただろう。
さらには「気さくでいいお姉さんでしょう? 本当は正直な女なんです」「小悪魔なんて言われてるけど映画の中だけのこと。実際は女なんてみんなかわいいもんだと思うわ」と笑顔で独自の哲学を語った。
半年前には「愛は終わったけど子供は産みます」と、父親の名前を明かさずに“未婚の母宣言”を放ち出産。しかし子供はわずか7時間後に亡くなるという、壮絶な経験もしたばかりだった。
「いやな思い出ですね。もうたくさん。別に心境の変化なんてありません。ずうっと同じですよ」と話した後「いい年増になりますわ」と実に“深いほほ笑み”を見せた。年増どころか、加賀はその後、美しく年輪を重ね、現在に至っている。