小堺は1984年から同局「ライオンのいただきます」の司会に抜擢され、1991年からは「ライオンのごきげんよう」として31年間、フジテレビのお昼の顔を務めた。この日は7年ぶりに同局の昼番組に登場。ゲストに対する世間の勝手なイメージについて語る「ぽいぽいトーク」のコーナーも小堺が進行する「ごきげんよう」風に行われた。
MCのフリーアナウンサー・神田愛花は「ごきげんよう」に登場した当時のVTRを見て「小堺さんのツッコミで、自分の話が盛り上がると感じるVTRですね」と感想。同じくMCの「ハライチ」澤部佑が以前小堺から聞いた話として「話を自分も最初は目立とうとしちゃって、でもそれじゃダメだって」と振ると、小堺は「そう。前の日に考えてこう言って、こう言って、こう言ってって行ったら、全部スコーン、スコーン、スコーンって」とすべってしまっていたと明かした。
すると関根勤から「堺さんが“小堺くんはなんで一人でしゃべってんの”って言ってたよ」と言われたとし、「それが昔欽ちゃんに言われたことだったの」と回顧した。
萩本からは「お前のピンの仕事は来ない。お前が全部一人でしゃべっちゃうから。“何とか何とかでしょ”って言ったら、相手“はい”しか言えないだろ」と言われていたとし、「“何とか”って言えば相手しゃべってくるのに。そうだった、と思ってそれからしゃべりを抑えたり、抑えるって言ったらいやらしいね、人の話を聞こうって思ったら、だんだんこう、軌道に乗りましたね」と振り返った。
「始まった時は、ある新聞に『いただきます』ってタイトルだったから、『消えていただきます』って書かれた。矢面ってこういうことかと思いましたね」と苦笑い。「評論家の方が。『消えていただきます』って。そしたら私の毛根が消えてしまいました」と笑わせた。