人間不信に陥った放送作家の転機「最愛の妻を亡くした大将の手紙に教えられたこと」

映画や音楽を鑑賞したり、本を読んだりして、能動的に涙を流すことでストレスを解消するという「涙活」。この「涙活」を、人からの「手紙」を使って行うというユニークな取り組みに心血を注いでいるのが、橋本昌人さんです。放送作家としてお笑いに携わっていたという橋本さんがなぜ「涙活」に傾倒していったのでしょうか。(全3回中の1回)

担当していたラジオ番組で「感謝の手紙」を読み思わず感涙

── 橋本さんは、関西を中心に「手紙」を使った「涙活」を行っていらっしゃるそうですね。

橋本さん:2013年からスタートしたので、今年で11年目になります。そもそも涙活とは、映画や音楽を鑑賞したり、本を読んだりして、能動的に涙を流すことでストレスを解消するというものです。東邦大学の有田秀穂名誉教授(脳生理学)の監修のもと、文筆家でプランナーの寺井広樹さんにより提唱され、NHKをはじめ、さまざまなメディアで取り上げられてきました。

私が、手紙を使った涙活を始めたのは、放送作家として担当していたラジオ番組で、感謝の手紙を募集し、それを読んで感涙したことがきっかけでした。

──「感謝の手紙」ですか。

橋本さん:はい。2010年頃、担当していたラジオ番組「「加藤ヒロユキ 音楽のソムリエ」(MBSラジオ)で「歌うラブレター」というコーナーをやっていました。「大切な人への感謝の手紙=ラブレター」を募り、それを番組内で朗読した後、パーソナリティのテノール歌手が手紙からインスピレーションを得て、即興で歌を歌うという内容でした。

送られてきた手紙は、どれもすごく心がこもっていて、読んでいる私の気持ちが揺さぶられました。「手紙っていいなあ」と感じ、プライベートでも集めるようになったんです。

不思議なことに、手紙に目を通していると、いつのまにか号泣して、なぜか翌朝、疲れが取れていることに気づきました。疲労困憊だったのに、体も心もなんだか軽い。本気の思いが綴られた手紙というのは、これほどまでに人の心を揺り動かすんだな。さらに、涙を流すことで、心も浄化されるんだと、身をもって手紙の効果を実感したんですね。

「涙のラブレター」トークライブのポスター番組から派生したトークライブも開催
「手紙」に詰まった偽りない真実にフィクションはかなわない

── 放送作家として、たくさんのフィクションを生み出してきた橋本さんが、「手紙」というリアルなドラマに心を動かされたのは、なんだか興味深い気がします。

橋本さん:確かに、放送作家としてお笑いやコントのネタなど、フィクションをずっとやってきたから、ドキュメンタリーの世界に心を動かされたというのもあるかもしれませんね。手紙には、偽りない真実が詰まっています。ずっと心に秘めてきたことが綴られていることも少なくありません。

涙活講師の橋本昌人さん放送作家として長くフィクションの世界にかかわってきた橋本さん

── メールで寄せられる手紙と、直筆の手紙では、違うと感じる部分はありますか?

橋本さん:やはり直筆というのは、その人の思いがダイレクトに伝わるのではないかと思うんです。筆圧や綴られた文字から本音が見えてきますし、感謝の気持ちというのは、「書く」という行為で焼きつけられているような感じがしていて。知らない人が書いた手紙なのに、その心が伝わってきて、すごく共感できるんですよね。

── 集まった手紙の内容は、どんなものが多いのですか?

橋本さん:感謝から贖罪まで、内容はさまざまですが、圧倒的に多いのは、亡くなった方や思いが届かなくなった方に宛てた手紙です。なかには、愛車やペット、マイホームなどに向けたものも。例えば、免許を返納した70代の方が書いた「人生最後の愛車」への手紙では、「家族のもとで、たくさん思い出を作ってくれたね。あなたを売りに行って、お別れするとき、すごく切なかったんだよ」と、感謝の気持ちが綴られていました。

── 長年連れ添った愛車は、生活の一部ですものね。なかには、自分宛てに書かれた手紙もあるのでしょうか。

橋本さん:それもありますね。面白いのは、手紙というのは、書いているうちに予想外の展開になることが多いんです。「こんな内容になると思わなかった…」という声をよく聞きます。

自分の内面と深く向き合ううちに、気づかなかった思いや本心が溢れ出てくるのでしょうね。だから、文章としてはまとまりがなかったり、文脈としておかしな箇所があったりするのですが、それもまた、その人の気持ちが揺れ動くさまを表しているようで、心を打たれます。そうした手紙に触れるうち、私自身の心にも大きな変化がありました。

荒んだ心が手紙を読むうちにほどけていく

── 変化といいますと?

橋本さん:当時、若手の放送作家だったので、とにかく忙しくて心身が疲弊していました。さらに、一緒に頑張ってきた若手の芸人が病気で亡くなったり、人間不信に陥るような出来事があったりして、いろんなことが重なり、心がひどく荒んでいた時期だったんです。

でも、感謝の手紙を読み続けるうちに、「もっと人を信用してもいいのかもしれない」と、硬くなっていた心がほどけていくのを感じました。

── 橋本さん自身の心が解放されていったのですね。

橋本さん:まさしく自分自身の心が癒やされていく経験でした。疲れが取れ、ストレスが解消されて、さらに人間がちょっとずつ好きになる。この感覚ってすごく心地いいな、誰かに共有したいという気持ちになって。そこから手紙の持ち主に了解をとり、番組やイベントなどで紹介しはじめたのが、涙活講師としての始まりです。

父から娘に宛てた手紙から教わった「笑うことの大切さ」

── とくに印象に残っている手紙はありますか?

橋本さん:私がこの活動を始めるきっかけになったのが、大阪の梅田で居酒屋をやっていた大将が、結婚を控えた娘さんに宛てた手紙です。

親子3人で幸せに暮らしていたのですが、ある日、最愛の奥さんを交通事故で亡くしました。残された娘さんは、まだ6歳。突然の出来事に現実がなかなか受け入れられず、思いつめた大将は、娘さんを連れて無理心中をしようと考えたのだそうです。最後の思い出づくりにと遊園地に出かけ、1日中思いきり笑って遊んだ後、娘さんがひと言、ニコニコしながらこう言ったそうです。

「もういいよ、お父さん。もう、お母さんのところに行こ」──。その言葉を聞いた大将はハッと目が覚め、死を踏みとどまったと言います。そして「アホなこと言うな!そんなこと言うたらお母さん、また拗ねるぞ〜」と言ったとたん、娘さんが号泣し、親子で抱きしめ合って泣いたそうです。

── 娘さんは、お父さんの気持ちに気づいていたのですね。

橋本さん:ただ、娘さんに当時のことを聞いても、覚えていないそうです。「もしかしてお母さんが言わせたのかな」と、ふと思ってしまいましたね。

手紙には、いずれ娘さんに家族が増えたら、あの遊園地にまた行こうな。お母さんの分の入園券も買って、みんなで楽しく笑おうな。そう綴られていました。

実は大将とは知り合いで、この手紙も直接もらったんです。「橋本君、手紙集めとんのやろ?コピー取ったからやるわ」と放り投げるように渡してくれて。まさかこんな内容の手紙だとは思いもよらず、読んだときは驚きました。これまでそうしたそぶりも見せなかったので、そんなつらい過去があったとはまったく気づかなくて。人は皆、いろいろなことを抱えて生きているんだと感じましたね。この手紙は、私に「笑うこと」の大切さも教えてくれました。

涙活のイベントのポスターイベントは大阪を中心に半年に一度開催

──「笑うことの大切さを教えてくれた」とは、どういうことでしょう?

橋本さん:後日、大将からこんなことを言われたんです。

「あの日は精神的に追い詰められていたから、本当はとても笑える心境じゃなかったけれど、娘にとって人生最後の日になるかもしれないから、1日中無理やり笑って過ごしていたんだよ。そしたら、なんだか生きようとする力がわいてきたんだ。人間、笑うことができれば、どんなことがあっても、なんとかなるもんやな」。

どんなに悲しみが深くても、笑うことは、生きるパワーになる。この言葉は、お笑いの仕事をする私にとって、大きな力をくれました。

PROFILE 橋本昌人さん

涙活講師。1965年生まれ。大阪府出身。大阪芸術大学芸術学部放送学科卒業。放送作家として数々の企画や番組などに携わる。吉本興業のお笑い芸人オーディション審査員の仕事を通じて多数の芸人を輩出。「笑い」を学術的に研究・調査する全国組織「日本笑い学会」理事。これまで延べ1 万人以上に涙活の講義を実施。著書に『なみだのラブレター』(ヨシモトブックス)。

取材・文/西尾英子 写真提供/橋本昌人

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