ローマ教皇の旅たどるドキュメンタリーに映る「敗北」と不屈の「夢」…名匠ロージ監督が語る

ローマ教皇の旅たどるドキュメンタリーに映る「敗北」と不屈の「夢」…名匠ロージ監督が語る

「旅するローマ教皇」から=(C)2022 21Uno Film srl Stemal Entertainment srl 【読売新聞社】

(読売新聞)

 ローマ教皇フランシスコは2013年の就任以来、世界各地を旅してきた。公開中の映画「旅するローマ教皇」は、22年までに行われた37の外遊をめぐるドキュメンタリーで、監督は、名手ジャンフランコ・ロージ。「この映画は、揺れる世界を映し出している」と言うロージに話を聞いた。

 ローマ教皇フランシスコは13年から22年までの9年間に、37回旅に出て、53か国を訪ねた。それらの旅をめぐる本作は、合計約800時間に及ぶ記録映像に加え、映画のために撮り下ろした二つの旅の映像を基に編み上げられている。

 「教皇がバチカンの外の世界を、巡礼のように旅する映画を作ったら、興味深いものになるだろうと考えた」と、ロージは言う。

 教皇フランシスコは、さまざまな地を訪れ、連帯と尊厳の重要性を語り、貧困と難民問題に向き合い、戦争を非難する。だが、それは、戦争、紛争、難民問題、環境問題、人権問題が絶えないからでもある。聖職者による未成年への性的虐待など、カトリック教会の問題への対応も映し出されていく。

 「世界は勝手に進んでいく。彼の言葉は少しは助けになるけれど、物事を変えることはできない。だから、この映画は敗北を描いている。だが、それでも彼の言葉は重要だ。変えたいという意志が重要だ」

 ロージは、そのドキュメンタリー作品で、ベネチアとベルリンという権威ある二つの国際映画祭の最高賞を受賞した映画作家。エリトリア生まれで、イタリアとアメリカの国籍を持ち、世界各地を巡りながら映画を撮ってきた。自身は、カトリック信者ではない。

 本作制作のきっかけが生まれたのは、イラクに長く滞在して「国境の夜想曲」(2020年)を撮り終えた後のこと。バチカンの新聞のインタビューを受けた。その記事をイラク訪問から帰ってきたばかりの教皇が読み、バチカン側から何らかの形でコラボレーションができないかと打診された。

 検討しながらロージは思い出した。イラク以前にも、教皇は自分と同じ場所に心を寄せ、訪れていたことに。それは、イタリア・ランペドゥーサ島。アフリカや中東から命がけで地中海を渡ってくる多くの移民・難民たちにとって、ヨーロッパの玄関口となるその島で、ロージは、ベルリン金熊賞受賞作「海は燃えている〜イタリア最南端の小さな島〜」(16年)を撮り、移民・難民の問題に向き合った。また、教皇は16年にメキシコのシウダーフアレスの刑務所を訪問しているが、そこは、ロージの評価を高めたインタビュー映画「El Sicario,Room164(原題)」(10年)を撮った地でもあった。これら三つの交差をまざまざと実感したロージは、教皇のドキュメンタリーを撮ろうと決めた。

 本作には、ロージ作品からの引用もあり、それは法王が人々に語りかける言葉と、間接的に呼応する。たとえば、13年、ランペドゥーサを訪れた教皇は、船の転覆で多くの難民が亡くなった事実を受け、人々の前で語った。<私たちの社会がなくしたのは泣くという体験。苦を共にする体験。無関心のグローバル化が泣くという力を奪った>。その言葉を増幅するのは、ロージの「海は燃えている」でも強い印象を残した無線交信の様子だ。「その交信で難民に対して繰り返された『あなたのポジションは』という言葉は、非常に重要だ。実はそれは、映画を見ている人たちにも向けられている」

 ロージにとって大きな挑戦の一つは、「世界で最も影響力のある宗教的人物の肖像を、イデオロギー、神学によらず描けるかどうか」だったという。

 <常に夢を追い求めなさい。恐れず夢に向かいなさい。世界の夢はまだ目にみえていなくとも、必ずいつか実現します>。ローマ教皇の明るく飾らぬ人柄、人々に希望を与える言葉を作品に刻む一方で、人類の重荷を背負ったひとりの人間の孤独をも描き出そうとした。

 同行取材したカナダでロージ自身が撮った映像は象徴的だ。そこで教皇は、かつてカトリック教会が運営していた寄宿学校で行われていた先住民への移住・同化政策などについて謝罪した。スピーチの映像は揺れてぼんやりとしている。「教皇の心の中にいるようなシーンにしたかった」のだという。

 「実はその時、私はポジションや構図を選ぶ余地がなかった。そこに集まった100人ほどのカメラマン同様、遠くのほうの決められた取材位置から教皇を撮るしかなかった。その時だ。ピントを外すことによって、心の中を表現しようと決めたのは。隣にいたCNNのカメラマンは『ピンぼけでいいんですか』と言ってきたけどね」

 ただ、ロージは、教皇を「ただの人」だとは思っていない。ロシアによるウクライナ侵略についてもいちはやく危惧を言動に表していたことにも、記録映像を見直すうちに気づいたという。「彼は先を見通す力が非常に強い」

 22年、教皇は国際宇宙ステーションにいる宇宙飛行士とテレビ電話を通じて対話した。その様子もこの映画には収められている。地球と宇宙。教皇の言葉に相手が答えるまでには、どうしたって間が生じるが、「これはメタファーなんだ」とロージ。「彼の言葉が私たちの耳に届き、理解するのには時間がかかる。だが、届くんだ」

 ロージは「この映画は終わっていない」と言う。「人間は変えがたい本性を持っていて、争うことをやめない。でも、私は、彼と自分が生きている限りは撮り続けたい。そして一緒に平和にたどりつきたい。そう思っています」

(編集委員 恩田泰子)

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