リベンジドラマの新たなマスターピース「ザ・グローリー 〜輝かしき復讐〜」が示す、校内暴力被害者への連帯

リベンジドラマの新たなマスターピース「ザ・グローリー 〜輝かしき復讐〜」が示す、校内暴力被害者への連帯

緻密な復讐劇にファンが熱狂する「ザ・グローリー 〜輝かしき復讐〜」

(MOVIE WALKER PRESS)

Netflixオリジナルシリーズの「ザ・グローリー 〜輝かしき復讐〜」が反響を呼んでいる。昨年末に配信がスタートすると、わずか3日で2,500万以上の視聴時間を叩き出し、グローバルTOP10テレビ部門(非英語)3位に急浮上。韓国をはじめ19カ国のTOP10リストに躍り上がった。その後も快進撃は留まることを知らず、ホリデーシーズンの1月2日から7日間にわたりテレビ・非英語部門で1位を記録した。韓国では加害の告発をめぐり社会的イシューとなっている校内暴力が題材であることや、多くのヒット作品を持つ脚本家キム・ウンスクがキャリアで初めて復讐劇に挑戦すること、彼女の過去作「太陽の末裔」で旋風を呼んだソン・ヘギョと再びタッグを組むことなどから配信前から話題が沸騰していたが、期待にたがわぬ出来栄えに世界が熱狂している。

虐げられた者が逆襲を果たす痛快なドラマはエンターテインメントの王道だが、とりわけ韓国映画やドラマでは、独特の生々しさと力強さを持つリベンジドラマが数多く生み出されてきた。かつて韓国文化を端的に表す概念として頻繁に挙げられた、“恨”(ハン)という感情を知っている人も多いだろう。人生や運命、過去など自らではどうすることもできない大きな局面を前にして湧き上がる悔しさや憤り、悲哀などが複雑にくすぶる“恨”は、加害者の行為が軽いか重いかではなく被害者が受けた傷の深さが深い時に初めて成立するとされる。この感情が、数々の傑作の源泉とも言える。

脚本家キム・ウンスクは、暴力の被害者たちが最も多く投げかけられ、そして傷つけられたのは「あなたはなにも間違っていないの?」という無理解な問いかけだったと知った。ドラマで起こる復讐を娯楽というよりはもっと繊細に扱い、「“私はなにも間違っていない”を理解させなければならない」と、使命感を持って、世界中の“ドンウン”に連帯する。こうして本作は、校内暴力という深刻な社会問題に対する真摯なアプローチが背骨となり、アン・ギルホ監督の洗練された演出、俳優陣の抑制の効いた演技などで、社会的訴求力を持ちながらも文芸作品のような上質のドラマとなった。3月にシーズン2の配信が控えているため、まだまだポテンシャルを秘めているのは間違いないが、今回はシーズン1のストーリーと演出を分析しつつ、「ザ・グローリー 〜輝かしき復讐〜」のエッセンスに迫ってみたい。

■囲碁と朝顔が象徴する復讐劇と、火傷で表現された被害者の心情

高校生のドンウン(ソン・ヘギョ)は、金と権力を持つヨンジン(イム・ジヨン)をリーダーとしたグループから壮絶な校内暴力の標的にされる。担任教師ら周囲の大人は彼女を救うどころか隠ぺいに走り、実母さえも娘を顧みない。魂ごと破壊されたドンウンだったが、地獄から這い上がるように生き、苦学の末念願の小学校教師の職に就く。ヨンジンは気象キャスターとして成功したうえ、財閥ジェピョン建設の社長ドヨン(チョン・ソンイル)の妻となり人生を謳歌していた。ドンウンはかつての加害者グループたちを巻き込みながら、ヨンジンの愛娘イェソル(オ・ジユル)にねらいを定める。

「ザ・グローリー 〜輝かしき復讐〜」で印象深いのは、研ぎ澄まされたカメラワークや編集が作り上げるシーンと、神経の行き届いたモチーフやメタファーだ。例えば、ドンウンが復讐計画を練りながら習得していくのが囲碁。キム・ウンスクは、囲碁というゲームが他人の建てた家を壊し、自分が強固な家を建てれば勝つゲームだからドラマに取り入れたと話す。また、沈黙の中で死力を尽くす戦いでもあることがドンウンの復讐心にも似ており、互いにせめぎ合う白黒の碁石の鮮明さも良いとも付け加えた。ドンウンの将来の夢は建築家だったが、囲碁をするのは家を“建てる”というモチベーションではない。そうしたポジティブな思いは、すべてが破壊された瞬間に消え去ってしまっているのだろう。

「囲碁を通して、人物同士の緊張感を見せたかった」というアン・ギルホ監督は、囲碁が象徴するストーリーのエッセンスをこう語る。「囲碁というのは、戦うように碁石を置くイメージでも、感情を積み重ねていくようでもある。ドンウンとヨジョンが囲碁を置く場面では成長する様子であり、反面ドンウンとドヨンの対局は静かなのに戦闘的なムードを出したいと思い、あまり使わなかったレンズで撮ってみた。碁石を打つテンポも、相手がヨジョンとドヨンでは変えた」と明かしている。

さらに、メインポスターでも使われている朝顔も見逃せない。キム・ウンスクによれば、天に向かって朝顔が咲くと、神にたてつく悪魔の朝顔、地上に向かって咲くと天使の朝顔と呼ぶそうだ。そこで、“悪魔のトランペット”と呼ばれる天に向かう朝顔を、絶対者に抗議する意味で使ったと説明している。

だが、このドラマの根幹は暴力被害者への連帯だ。スタイリッシュさを追求しすぎてしまうと、行為の惨たらしさを告発する役割を果たせない。その点で「ザ・グローリー 〜輝かしき復讐〜」はバランスが取れている。劇中でドンウンは、ヘアアイロンを腕や足に押し付けるという暴力を受けるのだが、被害者の痛みを火傷として表現したことに、考えさせられるものがある。

ドラマの配信後、2006年に韓国・清州の中学校で実際に起きた校内暴力がネットで話題になった。ある女子生徒が、同級生たちからヘアアイロンや安全ピンなどで暴行され、腕・足・太ももなどに火傷などの深刻な怪我を負ったこの事件は、製作陣の言及はないもののドンウンのケースと酷似している。古くから拷問や刑罰に焼きごてが使われていたように、熱による傷は体に残りやすい。そして、治癒の過程で痒みに苦しまされる。ぶり返すその感覚はまるで、心身に刻み付けられ、忘れようとしても襲い掛かってくる痛ましい負の記憶そのものではないだろうか。復讐にまい進する強靭な精神のドンウンだが、ふとした瞬間にトラウマに苛まれ、火傷の痕をかきむしる。そのたびに、被害者が背負わされた荷の理不尽な重さに言葉を失ってしまう。

■脚本家が描いた自分自身の闇。復讐とは自らも破滅する暗黒の旅

「ザ・グローリー 〜輝かしき復讐〜」の完成度を高めたのは、復讐という行為の複雑さに肉薄したストーリーラインが挙げられる。退学を余儀なくされたドンウンが、新たなターゲットを体育館でなぶるヨンジンたちの元へ静かに近づいてくるシーンがある。いつも通り見下すような不敵な笑みのヨンジンを見据え、ドンウンは「私の将来の夢はあなた」と言い放つ。

ここでカメラは2人を切り返しで映しているが、彼女たちの黒々とした瞳が向き合うショットに、一瞬ドンウンとヨンジンが重なるような錯覚に陥る。ドンウンはヨンジンたちのせいで、ごく普通の女子高生から被害者の人生へ突き落された。しかし、哲学者のニーチェが説いたように、怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。ドンウンが深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。その後、成人したドンウンはヨンジンへ「一緒にゆっくり枯れて死のう」ともささやく。なぶられ続けたドンウンには何ら落ち度がないが、それでも復讐は“正義”ではなく、憎い相手もろとも破滅していく暗黒の旅路だと自覚しているのだった。

本作は韓国のレイティングで青少年観覧不可となっている。その理由を、法の下ではない私的制裁を描いているからだとキム・ウンスクは語り、「個人的に私的な復讐は好きではない。ドンウンの哲学が、19禁(青少年観覧不可)であるべきだと思ったんです。物事の判断ができる大人の方々に見ていただきたいです。自分の内面の闇を引き出した部分もあります」と明かす。こうした作家の苦悩によって、物語がより深みを持つ。

■復讐と人間性の狭間で揺れるドンウンの表情が胸を打つ

また、キャラクターのアンサンブルも精彩を放ち、物語を厚くした。医師の家庭に生まれ育ち、自らも形成外科医というヨジョン(イ・ドヒョン)は、ドンウンから見れば厳冬を知らない温室育ちの穏やかな青年だが、ある悲劇によって心に暗い感情が沈殿している。出逢いのきっかけはドンウンへの一目ぼれだったが、彼女の凄まじい過去を聞き、「私のために剣舞を踊る処刑人になってほしい」という要望を聞き入れることになる。

夫から激しい家庭内暴力を受け続けていた主婦ヒョンナム(ヨム・ヘラン)は、偶然ドンウンの計画を知り、夫の殺害を条件にドンウンの加害者たちの監視を引き受ける。

こうして協力者としてなった3人だが、ヨジョンとヒョンナムとのかかわりは冷酷な復讐鬼のドンウンを「平凡で貧しいながらも夢を持つ、芯の強い女性」に戻してくれる瞬間がある。ヒョンナムは「私は陽気な被害者なの」とドンウンに言い、あざだらけの顔で笑う。全身に残る火傷を目にした後、「痕を見たでしょう」とつぶやくドンウンにヨジョンが語り掛けた「痕じゃなくて、傷だ」というセリフは、どんな愛の言葉よりも真心が息づいている。こうしたエモーションが共鳴し合うたびに揺らぐ彼女の表情に、強く胸を打たれる。

このように観ていくと、「ザ・グローリー 〜輝かしき復讐〜」がシーズン2でたどり着くのは、分かりやすいカタルシスではないのではないように思う。しかし、私たちはドンウンの復讐劇の顛末から目をそらしてはいけない。重苦しい記憶を分かち合い、たとえその先に地獄が待っていようと、共にあろうとする。それこそが、被害者の沈んだ心に寄り添うということなのだ。

文/荒井 南

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