テレビ東京入社5年目プロデューサー・大森時生が語る「陰謀論に乗っかることの危うさ」

 YouTubeやSNS上でフェイクドキュメンタリーのブームが巻き起こっている中、テレビからフェイクドキュメンタリー番組を次々と送り出しているテレビ東京プロデューサー・大森時生。テレビの既存のイメージを振りにした “不気味で分かりにくい”映像表現は、ネット上で多くの反響を生み出し、多くの“考察”で溢れた。2023年5月放送され奇妙な“ビジネス教養番組”『SIX HACK』の企みに満ちた演出術とは──。

 聞き手は、『1989年のテレビっ子』『芸能界誕生』などの著書があるてれびのスキマ氏。現在、ネットで話題のフェイクドキュメンタリーに意欲的に取り組んでいるテレビ番組の制作者にインタビューを行なう短期シリーズの第3回【前後編の前編。文中一部敬称略】。

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目次

学生時代に『放送禁止』『山田孝之の東京都北区赤羽』に衝撃を受ける

『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』、『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』(以上、BSテレ東)や『SIX HACK』(テレビ東京)など、フェイクドキュメンタリー要素のある話題作を次々に生み出している大森時生。

 まだ20代の彼は、学生時代にテレビフェイクドキュメンタリーの名作である『放送禁止』シリーズ(フジテレビ)やテレビ東京の『山田孝之』三部作(『山田孝之の東京都北区赤羽』『山田孝之のカンヌ映画祭』『緊急生放送!山田孝之の元気を送るテレビ』)を見て衝撃を受けたと公言している。

「『放送禁止』を初めて見たときは、私たちがよくテレビを見ているものから急にレールが外れるような印象を受けました。1個のボタンの掛け違いが起こると、本来テレビ番組という親しみのあるものなのに非常に不気味に思える。そんな感覚を体験しました。

 フェイクドキュメンタリーはフィクションですが、個人的にはフィクションの中でも一番“フィクションらしさ”を感じて、見終わった後も現実と一続きの余韻が残り続ける感覚に惹かれました」

 その『放送禁止』を入り口に、映画『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』や、映画監督の白石晃士が手がけた『ノロイ』など、フェイクドキュメンタリーの世界に魅了される。2014年放送の『山田孝之の東京都北区赤羽』にはさらなる衝撃を受けた。

「それまでは『フェイクドキュメンタリー=ホラー』というイメージがあったんですけど、そうではないことを体験しました。人間は映像のジャンルがわかると安心して見ることができますが、『山田孝之』はギャグなのか、ホラーなのか、ドキュメンタリーなのか、ドラマなのか、ジャンルが全くわからない。その感じが新しいなというか、驚きがありましたね」

「テレビ東京には“テレビ自体を脱構築する感覚”を持つ方が多い」

 テレビ東京では、その『山田孝之』シリーズを筆頭に、高橋弘樹による『ジョージ・ポットマンの平成史』や上出遼平による『蓋』などフェイクドキュメンタリー的要素を持った作品が次々と生まれている。

「テレビ東京には“テレビ自体を脱構築する感覚”を持つ方が多いと思います。一見すると典型的なよくあるテレビ番組だけど、よく見てみるとその典型が脱構築されていて、既存のイメージを打ち破るような番組が多い。そういうところに魅力を感じてきたので、僕も自然とそれに影響を受けているのかもしれません」

 一口にフェイクドキュメンタリーといっても様々な形式があるが、中でもフィクションであることが自明なドラマを、ドキュメンタリーの手法で撮った「ドキュメンタリードラマ」が多い。

 しかし、大森が作るフェイクドキュメンタリー作品は、バラエティ番組のフォーマットを使用した、いわば、「フェイクバラエティ」だ。つまり、見かけ上ではバラエティ番組の体裁を取っているのだが、そこにフェイクドキュメンタリーの手法が組み合わさる。それ故、どこか放送事故的な不穏さが漂っている。

「放送事故的なものを作りたいというよりは、よく知ったものの一部が“ズレた”ときに、かなりドキッとするというか、自分の内部を侵食されるような違和感を狙っています。

 ドラマよりもバラエティ番組のパッケージをそのまま生かすほうが、“ボタンの掛け違い”の感覚を与えられるかなと思っています。たとえばバラエティの生放送で出演者のひとりが急に喋らなくなって、5秒間じっと一点を見つめるだけでも、放送事故に見えるじゃないですか。

 今放送されているバラエティは、すべてが流れるように進行していくから、滞りなさすぎるんですよね。1秒の間ですら、違和感があるくらい“殺菌”されたものになっている。だから、その滞りのない進行からちょっとズレるだけで事故っぽく見えるんじゃないかと思います」

全6回と銘打たれた特番では、第3回を最後に“打ち切り”に

 そして今年5月から地上波で放送されたのが『SIX HACK』だ。全6回放送とアナウンスされていたが、まさに“放送事故”があったかのように第3回を最後に放送が突如“打ち切り”となった。一時は『SIX HACK』の過去回も配信から取り下げられた。

 一連の流れを受けてSNS上では、放送と配信の中止ですらも大森による新しい演出であるのではないかと、さかんに推察が交わされることになった。

 そんな『SIX HACK』は偉くなるためのハックを紹介する、いわゆる“意識高い系”のビジネス番組を模している。

「『偉くなる』というテーマが最初に思い浮かびました。『偉くなるための方法』を伝える番組を考えたときに、ビジネス番組というフォーマットにたどり着きました。そして、大きなテーマとして陰謀論を取り上げたいと考えました。

 陰謀論というのは“自分だけが知っているハック(裏技的な工夫や思想)”として考えることもできます。そのハック(陰謀論)だけで一点突破をして、うまく世界をサバイブできるという価値観は、ビジネス番組が提示する『これを押さえれば成功できる』みたいな感覚と近いのではないでしょうか」

 番組内では現代社会で「偉くなる」ためのハックが多数登場する。<相手の発言を、個人の意見にすぎないと断定し、会議で優位に立つ>というハック「Only You(オンリー・ユー)」、<質問側の意図をあえて曲解することで、論点をずらし回答をはぐらかす>というハック「Rice Logic(ライス・ロジック)」、<謝罪の意思を示しつつ、具体的なことを何も言わず今後の対応を有耶無耶にする>というハック「Nagata Phrase(ナガタフレーズ)」といった皮肉めいた技名とともに使用例もあわせて紹介する。それらは誰でも簡単に使えるようなレベルでまとめられているからこそ、ある種の危うさも感じてしまう。

「真に受けたとしても大丈夫なように作ったつもりですね。もちろん強調して描いている部分もありますが、偉くなるために本当にみなさんがやっていることなんじゃないかと思います。

 たとえば、何かの案を通すときに、こっちの上司に最初に話を入れておくみたいなことと似たようなことだと思います。紹介したハックは皮肉の効いたネーミングだと言われるんですけど、それは皮肉というより本当のこと。それが恐ろしいことだと思います」

テレビ畑ではないクリエイターが制作に参加

 スタッフにはテレビ畑ではないクリエイターを起用している。「構成」にはクリエイターのダ・ヴィンチ・恐山が参加し、さらにSF作家の樋口恭介も「構成協力」として加わりながら番組内にコメンテーターとして出演した。

「ダ・ヴィンチ・恐山さんは『このテープ』を見て、SNSですごく面白いと言ってくださったことがきっかけで知り合いました。元々、恐山さんの作るものが好きで、世の中で起きている事象を検証、解体して、もう一度構築することが得意な方という印象があったんです。

加えて恐山さんは陰謀論にも造詣が深い方だったので、この企画を考えたときに、恐山さんと一緒にやるとうまくいくんじゃないかと思ったんです。

 樋口さんは、そういったことを喋れる方がいないと『SIX HACK』が成立しないという中で、『世界SF作家会議』(フジテレビ)という番組で異常なほど喋っていたのを見て、『この人しかいない』と思いお声掛けしました。元々、樋口さんの書いたSF思考の本も読んでいました。

 普通の考え方では正解にたどり着けない問題をSF的思考で物事を考えることによって、突破するアイデアや解決策が見つかるという思考法が、「偉くなることが必要だ」という価値観と組み合わせると、ちょっと不気味なことが起こりそうだなと」

 司会役を務めたのはユースケ・サンタマリアだ。

「実はユースケさんも『このテープ』を見てくださって面白かったということでご出演いただいたんです。

 フェイクドキュメンタリーに合う人って、失礼な言い方かもしれないですけど、目がビー玉みたいな人だと思っていて。

 たとえば、バラエティに出演して、盛り上がったり楽しそうにコメントしたりしていても、その人の内部に本当にその人がいるのかわからない人が合うと思うんです。山田孝之さんとか有田哲平さんとかいとうせいこうさんとかもそうですよね。ユースケさんはそのビー玉界の頂点みたいな方。だから完璧に演じてくださいました」

インターネット上でカルト的人気のクリエイターにエンディング映像を依頼

 番組では終盤に「脳のブレーキを外す練習」として、画面に表示されるカウントダウンに合わせてテレビのボリュームを上げるように指示される。「終了の合図まで無音だから安心してください」というアナウンスもされる。不安が残るものの、カウントダウンに合わせて指示通りに実際にボリュームを上げても、急に音を出して驚かせることはないまま、このコーナーは終了する。

「これは恐山さんのアイデアで、ただ見てもらうだけではなく手を動かして参加してもらう感覚を感じてもらいたかったんです。これまで僕の番組はBSで放送されることが多かったのですが、今回は地上波でBSと比べると約10倍以上の人がリアルタイムで見ていることになる。

 心理学には、相手からの小さな約束を果たすことで、その相手への信頼感が上がる現象があるそうです。このコーナーを通じて、自分も参加してしまった、その番組に寄与してしまったという雰囲気を生み出せたらなと」

 そして番組のエンディングには、「MADドラえもん」などで話題を呼ぶ映像クリエイターのFranz K Endoが手がけた不気味な映像が流れる。無作為に集められた映像や画像をコラージュしてつくられたトリップ感あふれる映像は、放送1回目は1分程度、2回目は約5分、3回目には10分以上と回を追うごとに長くなっていく。

「最後まで見た方はわかると思いますが、“ある思想”を広めなくてはいけないと危機感を持ったプロデューサーが番組を作っていたという設定だったので、その思想を伝える内容がすっと頭に入ってくるためにはあの映像が必要でした。Franz K Endoさんにしか作れない雰囲気が面白いなと思いますし、インターネットを介した画面ではなく、テレビで見るからこそのドキドキ感もありましたね」

「陰謀論を面白がることに危うさを感じる」

 3回目で地上波での放送が“打ち切り”になると、後日YouTubeで「なぜ極めて偏った思想の番組が放送されてしまったのか」「なぜ誰も止めることができなかったのか」の2点について、インタビューと再現ドラマを通じて説明する『検証』と題された動画が公開された。この動画では、仮名でこそあるが大森自身が主人公になっている。

「僕が主人公になりたかったっていうより、僕以外でやると、それはちょっと倫理的にどうなんだって思ったところがありました。主人公は現実と虚構の区別がつかなくなってしまった人で、その人が原因でこういうことが起きてしまったという話なので、自分以外の人にするのは、その人になんか変なリスクを負わせることになってしまいますから」

 主人公は陰謀論におかされていく。普段信じるわけがないと思っていても、その壁の脆さの恐ろしさが描かれている。

「陰謀論におかされる怖さももちろんですが、僕は陰謀論を笑うこと、面白がることに危うさを強く感じるんです。マルチ商法でもよく使われるテクニックですが、あえて面白い雰囲気やツッコミどころを残しておくことで、相手にツッコませることは、相手をその文脈に乗せていくということと地続きになっていると思います。

 TikTokで一時期バズっていた「大大大大大出世!」のコールを、みんなが面白がって真似した動画を数多くあげていましたが、それはまさにその思想に乗っかってしまうということ。笑うことが思想の内部に近づいてしまう怖さがあると思うんです。

 ネタにする人自体は内部に取り込まれるまではいかないかもしれないけど、それを見た他の人を内部に引っ張る要因になったりする。『SIX HACK』もギャグ的な要素を笑って、面白がってツッコんでいたりすると、内部に取り込まれてしまうというのをプロデューサーは狙っている、という構造なんです」

カルチャーの担い手としてテレビをつくる矜持

 大森の作品は、これまで必ずと言っていいほど、ネット上で大きな話題になっている。

「やっぱりテレビは、基本的に清廉潔白で完成されていて、“すごい食べやすい食べ物”のようだと思うんです。テレビでは、違和感があることは絶対に起こらない。その中で僕が作ろうとしている映像や違和感は、テレビの中ですごく異物になりやすい。

 ちょっと余白をあけて、視聴者に補完してもらうというか、自分で考えてもらう。そういう余白があるから、SNS上で感想をつぶやいたり、周りの人に見てよって勧めていただいたりして、ありがたいことに話題にしていただいているのかなって思います」

 テレビでフェイクドキュメンタリーを作ることの難しさや意義はどんなところにあるのだろうか。

「難しさは社内では評価されないってことですかね(笑)。フェイクドキュメンタリーは別に視聴率が取れるわけでもなければ、レギュラー放送のように継続できるものでもない。それはテレビがビジネスとして本来求めていることと乖離してしまっているんです。

 それでも僕がフェイクドキュメンタリーを作っているのは、テレビはカルチャーの担い手だと思っていることが一番大きいかもしれません。テレビに映し出してきた様々なカルチャーに憧れてテレビ局に入ったので、いかにカルチャーの担い手としての矜持を持って作っていけるか、姿勢を曲げないことは大事なことだと思っています」

(後編に続く)

◆大森時生氏演出のイベント「テレ東60祭@なぜか横浜赤レンガ 祓除」が12月2日23時59分まで配信中。詳しくは以下リンクからご覧ください。
https://pia-live.jp/perf/2338219-005

【プロフィール】大森時生(おおもり・ときお)/テレビプロデューサー。1995年生まれ。2019年テレビ東京入社。『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』(2021年)、『このテープもってないですか?』(2022年)、『SIX HACK』(2023年)など、テレビフェイクドキュメンタリーを数多く手がける。またお笑いコンビ・Aマッソの単独ライブ『滑稽』では企画・演出、アーティスト・キタニタツヤの『素敵なしゅうまつを!』のMVのプロデュース・演出も務めた。

◆取材・文 てれびのスキマ/1978年生まれ。ライター。戸部田誠の名義での著書に『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『タモリ学』(イーストプレス)、『芸能界誕生』(新潮新書)、『史上最大の木曜日 クイズっ子たちの青春記1980-1989』(双葉社)など。

撮影/槇野翔太

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