是枝監督と脚本家の坂元が初タッグを組み、音楽を坂本龍一が担当した本作は、大きな湖のある郊外の静かな町を舞台としたヒューマンドラマ。よくある子ども同士のケンカをめぐって、息子を愛するシングルマザー、生徒思いの学校教師、無邪気な子どもたちの食い違う主張が次第に社会やメディアを巻き込んで、大ごとへと発展していく様を描く。
フランス時間27日(日本時間28日未明)に閉幕した第76回カンヌ国際映画祭では、コンペティション部門の公式上映後、9分半ものスタンディングオベーションで称えられた本作。カンヌ国際映画祭での日本映画の脚本賞の受賞は、濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』(21)が受賞して以来2年ぶり。是枝監督作品のカンヌ映画祭でのコンペティション部門での受賞は2022年の『ベイビー・ブローカー』に続き、2年連続となる5作品目の受賞。坂元にとっては初受賞となった。一足先に帰国していた坂元は授賞式に参加しておらず、会見の場で是枝監督からトロフィーを受け取りフォトセッションに応じた。是枝監督は「映画にとってすばらしい評価をいただいた。無事に脚本賞の盾を坂元さんにお渡しすることができてホッとしています」と安堵の表情を見せた。
見事受賞を果たした坂元だが、受賞できるとは「まったく考えてもいなかった」という。「カンヌに呼んでいただけたこと自体、なによりうれしいこと。『怪物』のチームの1人として、作品を観て好きになれた作品でしたので、評価を受けるとうれしいなと。それくらいの気持ちでした」と予想外の出来事だったと話す。会場でトロフィーを受け取りつつも、「実感は正直ありません」と告白。「この受賞を初めて聞いた時は寝ていたものですから、第一報を聞いた時には夢を見ているのかなと思いました。それがまだ続いているようで、いまも夢のなかにいるような想い。この重み自体、作品、そして私自身の手にも背中にも乗っかった大きな責任だと感じています」と重みをかみ締めつつ、第一報を聞いた時の心境について「ご覧のようにあまり感情の起伏がないものですから」と会場を笑わせ、「『うれしい』とか『やった』という気持ちというよりは、なにかズシンという想いが訪れて、水を一杯飲みました。それが最初の行動です」と明かしていた。
感情の起伏がないと話した坂元だが、今回の受賞でとりわけうれしかったことは、審査員長のジョン・キャメロン・ミッチェル監督からのメッセージだという。坂元は「周りの方から『おめでとう』と言われた時に初めてうれしくなります」と切りだし、「一番うれしかったのは、昨日ジョン・キャメロン・ミッチェル監督から『脚本賞の受賞おめでとうございます』とメッセージが届いたこと。タクシーのなかにいたんですが、涙が出ました。うれしかったです」としみじみ。「どこが評価されたと思うか?」という質問にも、坂元は「自分ではなかなか評価しづらいのですが、ジョン・キャメロン・ミッチェル監督は『人の命を救う映画になっている』とおっしゃってくださった」とミッチェル監督からの言葉をあげていた。
映画は、子どもたちに起きた出来事を複数の視点から描いていく内容だ。複数の視点を持つことについて、坂元は「私が以前経験したことなんですが、車を運転していて、赤信号で待っていました。前にトラックが止まっていて、青になってもなかなか動きださない。しばらく待っても動かないものですから、よそ見しているのかなと思ってププっとクラクションを鳴らしたんですね。ようやく動きだした後に、横断歩道に車椅子の方がいた。トラックは車椅子の方がわたり切るのを待っていたんです」と回顧。「それ以来、クラクションを鳴らしてしまったことを後悔し続けている。私たちと言っていいのか、私自身、自分が被害者だと思うことにはとても敏感ですが、自分が加害者だと気づくことはとても難しい。どうすれば気づくことができるだろうかと、この10年あまり常に考え続けてきた」と加害者が被害者の存在に気づいていく道のりを描くことは、自身の長年のテーマになっていると語る。
是枝監督は、本作の脚本が優れている理由として「プロットをいただいた時から、一体なにが起きているかわからない。わからないのに読むのが止められない。映画の半分が過ぎてもまだわからない。こんな書き方があるんだなと。自分のなかにはない語り方でした」と刺激を受けた様子で、「読み進めていくうちに、先ほどの坂元さんのお話でいうと、自分がクラクションを鳴らす側になってしまう。いい意味で、その居心地の悪さが、最後まで持続するということが、とてもおもしろかった。エンタテインメントとしてもすごくおもしろいし、チャレンジしがいのある脚本だと思いました」と改めて初タッグに充実感をにじませる。
カンヌで受賞を果たし、記者から「頂点に立った」という言葉をかけられると、「頂点だとは思っておりません」と微笑んだ坂元。「日々ただただ締め切りに追われ、文字を埋めていくということをコツコツと毎日、1日中やるしかない。それでしか出来上がらない。文字を書き連ねていくことが自分の人生。そこに達成感は、そう簡単に手に入らない」と素直に明かし、「お客様から『観ました』、時には『救われました』と言葉をいただいた時に、そのコツコツとやっていた日々を思うと、まあ無駄ではなかったと思う」と吐露。これからの活動に変化が生まれそうかという質問には、「もうカスカスなんですよ」とぶっちゃけて会場の笑いを誘うひと幕もあった。「脚本家って、地味に朝から夜寝るまでずっとパソコンの前に座っているだけ。私の万歩計、日々12歩なんですね」と笑い、「絞ってもなにも出ない状態なので、日々いろいろなことを学び、周りの方に助けていただきながら書いている。これからなにが書けるかはまったく見えておりません」、さらに特別なインスピレーションなどがあるわけではなく「諦めずにやることだけ」と日々格闘しながら、作品を生みだしているという。
再タッグにも期待がかかるが、是枝監督は「チャンスがあればお願いしたい。(坂元が)周りの声に応える形で引き受けているとおっしゃっていたので、声をかけ続けようと思う」とにっこり。坂元は「僕は脚本家、是枝裕和さんをとても尊敬している。その方が自分で書かずに、自分に依頼するということがそんなに簡単にあることだとは思っていない。『もう一回やりましょう』と言われるのは仕事をしていくうえで最もうれしいことでもある。二回目という必然があったらこんなにうれしいことはないです」と相思相愛の想いを語っていた。
取材・文/成田おり枝