■持ち前の低音ボイスで数々のイケメンキャラを担当する諏訪部
幼少期から映画少年で、制作会社などいくつかの職を経て東京俳優生活協同組合(俳協)に所属。ナレーターやラジオパーソナリティを経験し、1990年代中盤からテレビアニメの声優として活動を開始した。その名を一躍知らしめたのが、2002年に放送された「テニスの王子様」の跡部景吾役だ。氷帝学園テニス部を率いる“俺様系”イケメンと諏訪部のイケボがマッチし、人気キャラクターとなった。以降、「ユーリ!!! on ICE」のヴィクトル・ニキフォロフ、「うたの☆プリンスさまっ♪」の神宮寺レン、「黒子のバスケ」の青峰大輝など、多くのイケメンキャラクターを担当。一方、テレビ番組やCMのナレーションも担当し、自動車メーカー「ボルボ」のナレーションでは、大人の男の色香を漂わせる声で好評を集めた。抜群の演技力で舞台でも活躍するほか、近年はイケメン以外の役柄も多く演じ、主人公を凌駕するほどの存在感を発揮している。
■妖しい低音で魅せる敵キャラたち
主人公と敵対する、いわゆる悪役キャラを演じれば、そのイケボはたちまち観る者を惑わせる悪魔の囁きへと変わる。7月から第2期の放送が予定されている「呪術廻戦」では、”呪いの王”と称される両面宿儺を演じていることで知られる。いまは主人公である虎杖悠仁(声:榎木淳弥)の中でおとなしくしているが、それも余裕と自信の表れ。両面宿儺から生みだされる畏怖のオーラは、敵ながらにしてまさしく王者の風格だ。
また、4月から「刀鍛冶の里編」の放送がスタートした「鬼滅の刃」では、「立志編」に登場した十二鬼月の下弦の陸の鬼、響凱を担当。「ジョジョの奇妙な冒険 黄金の風」ではレオーネ・アバッキオ、「BLEACH」のグリムジョー・ジャガージャック、「鋼の錬金術師」のグリード…と、どのキャラクターも圧倒的な強さで主人公を窮地に追い込んだ。
■一癖も二癖もある漢前も魅力的に表現
また、コミカルで一癖あるキャラクターも諏訪部の真骨頂と言える。「スペース☆ダンディ」では、美女にはめっぽう弱くポンコツだがやる時はやる主人公ダンディを演じ、「GREAT PRETENDER」ではフランス人詐欺師のローラン・ティエリーを演じた。どこまで信じていいのかまったくわからない飄々とした雰囲気のローランは、主人公のエダマメ(声:小林千晃)だけでなくアニメ視聴者をも見事に手玉に取った。
リーゼントとモミアゲがトレードマークであるダンディのような、ビジュアル的なクセで言えば、サングラスに独特な形のヒゲの「ONE PIECE」のヴェルゴや、グルグル巻きの包帯とゴーグルをした「僕のヒーローアカデミア」のイレイザーヘッド(相澤消太)も特徴的。独特な風貌の役柄も、諏訪部の声と演技でその内面がより魅力的に輝いている。
■ギャップで魅了!マスコット的な“かわいいキャラ”も
イケボとはギャップのあるかわいらしい作品にも出演。例えば、人気イラストレーターのカナヘイがキャラクター原案を手掛けた「ちみも」では、地獄さんを担当。人間界を地獄にするためにやって来た地獄からの使者という恐ろしい設定だが、慣れない人間界であたふたする姿はむしろかわいく、恐さゼロの愛されキャラだ。
また、幾原邦彦の監督作品として話題を集めた「さらざんまい」では、カッパ王国第1王位継承者を自称する謎のカッパ型生命体ケッピ、「クラシカロイド」ではコビトカバのドヴォルザーク、通称ドボちゃんなど動物キャラクターも多数。ノーリツの音声サービス「おふろのずかん」ではキツネのバスコンダガマを担当し、“イケかわいい”声でお風呂が沸いたことを知らせてくれる。
■優しく温かいバリトンボイスで包み込む
さらにオカマ役にも定評がある。「歌舞伎町シャーロック」では、歌舞伎町の顔役的存在であるオネエのハドソン夫人を演じ、歌まで披露した。「LISTNERS」では、愛による革命を唱えるペイズリーパークの統治者、殿下を担当。イケボの持つ包容力を最大限まで活かした慈悲深い声色で、その存在感もピカイチだった。
■多彩な表現力で諏訪部が魅せる、冴えない“おじさんヒーロー”
そしていま演じているのが、「週刊ヤングマガジン」で連載中の人気漫画を原作にした、アニメ「マイホームヒーロー」の主人公である鳥栖哲雄だ。哲雄は、大学生の娘の彼氏が半グレ組織の一員で妻の実家の遺産をねらっていることを知り、娘を守るためにその彼氏を殺してしまう。家族を守るため、ミステリー小説で得た知識を駆使して半グレ組織からの追跡をかいくぐっていくというストーリーだ。
哲雄はなんの変哲もない平凡なサラリーマンで、唯一の武器は家族を守ろうとする深い愛。ブルブルと震えながら一つ一つ着実に事を進めていく哲雄は、どこか危なっかしさもありながら、一方で家族を守るためなら殺人も厭わない強さや冷静さをにじませる。諏訪部の豊富なキャリアがあってこそ、イケていない“おじさんヒーロー”が生き生きと画面のなかで躍動しているわけだ。
“イケボ”に注目がいきがちだが、諏訪部の活躍を支えているのは、悪役にでもオカマにでも、冴えない中年にさえもなれる幅のある演技力だろう。それをまざまざと見せつけているのが、「マイホームヒーロー」の鳥栖哲雄であり、これを契機に今後もいわゆるイケボとはギャップのある役柄を求められることになりそう。若手イケボ声優が続々と登場するなかで、圧倒的な演技力と独自の立ち位置で確固たる存在感を発揮する諏訪部順一の活躍に注目だ。
文/榑林史章