瞬発力が必要だった阿部サダヲとのコメディーシーン
俳優の阿部サダヲが主演を務めるTBS系金曜ドラマ『不適切にもほどがある!』(午後10時 ※3月29日は最終回15分拡大SP)。ストーリーや描かれるテーマも話題だが、昭和の女子高生・純子を演じる俳優の河合優実にも注目が集まっている。今回、河合に撮影に臨んだ際の心境や作品の魅力、反響について話を聞いた。(取材・文=猪俣創平)
同作は、阿部演じる昭和のおじさん・小川市郎が、ひょんなことから1986年から2024年の現代へタイムスリップし、令和では“不適切”なコンプライアンス度外視の発言をさく裂。コンプラで縛られた令和の人々に考えるキッカケを与えていくコメディーだ。
宮藤官九郎氏が脚本を手がける本作への出演に、河合は「本当にうれしかったですね」と喜びを語る。宮藤氏と阿部とは大人計画の舞台でも共演してきたが、「宮藤さんの作品に何回も感動して笑ってきたので、あの世界の中の一員になれるんだ」とオファーが届いた際の心境を振り返る。
河合演じる市郎の一人娘・純子は、17歳の昭和の“スケバン”女子高生。舞台も昭和とあって、劇中には当時の懐かしい小ネタが詰め込まれている。しかし、平成生まれの23歳にとってはなじみのないワードも多く、「自分が知らなかった固有名詞が覚えづらくて、そういう言葉は普段よりも頭に入りにくかったです」と苦労を吐露する。
「まずは意味を理解する必要があったので、馴染みのない80年代のワードについて細かくリサーチをしました。自分の役が言っている言葉に実感を持たなきゃいけないんですけど、それが知らない言葉というのは初めての経験でした。一番印象に残っているのは、カセットテープの種類について純子が怒るシーンです。当時の人にとって、そのカセットテープがどのくらい大事なのかっていう温度感を理解しないと演じられませんでした」
河合の姿に、SNSでは山口百恵や中森明菜を彷彿(ほうふつ)させるという声もあった。「似てるとよく言われてたから聞いていたみたいなところもあるんですけど、山口百恵さんの曲など昭和歌謡も聞いていましたし、なじみはありました」と接点を明かす。そんな本作では、純子が父親と早口で怒鳴り合うシーンもあり、新鮮な撮影だったと振り返る。
「とにかく瞬発力が他の作品より必要でした。その場で起きたことをスピード感を持って自分の中に落とし込んで、一番いい形、一番面白い形で本番を迎える必要があります。そのために舞台だったら稽古ができますし、映画だったらワンシーンに時間をかけられるかもしれません。でも、ドラマではそれがないですし、しかもコメディーという中で阿部さんとのスピード感のあるお芝居が最初は大変でしたね」
もっとも、現場では「いつも面白いことが起こるんです」と雰囲気のよさをうかがわせる。撮影で一番うれしかった思い出は、阿部から誕生日プレゼントをもらったこと。「ラジカセをいただきました。今回の作品にもちなんでいるし、すごくかっこよくて。あと山下達郎さんのカセットテープもいただいて、すごくうれしかったです」と笑みをこぼす。
第6話で見事な歌唱も披露
今作は毎話放送後、Xで関連ワードがトレンド1位になるなど大きく話題を集めている。河合自身も「すごくたくさんの声をいただきますね」と反響を実感しているようで、「他の仕事の現場に行っても必ず『見てます』といった声もいただきます。お世辞を言わない関係者の方とかが、わざわざ連絡してくれることも多いです」と喜びをかみしめる。
また、ドラマの特徴の一つはミュージカルシーンがあることだ。1日放送の第6話ではついに純子が歌い、見事な歌唱力を発揮した。しかし、「もっと歌えると思っていたんですけど」と照れながら、「ちょっとだけ歌えて、すごくうれしかったです。完成したものを見たときに『ああ、宮藤官九郎さんのミュージカルの中に自分がいる!』みたいな気持ちになりましたね」と声を弾ませる。
初めての歌入れに、「歌が好きでしたけど、最初はもう声が震えて震えて、思うように歌えなかったです。でも、何度も繰り返して、慣れてきていい声が出るようになってきたところを使ってくださったので良かったです」と振り返る。
見どころの多い本作の中でも、印象的な純子のシーンは同じく第6話。純子の夫・犬島ゆずる(錦戸亮/古田新太)に仕立ててもらったオーダーメイドのスーツを着用して令和から戻った市郎と再会するシーンだ。視聴者の涙を誘ったこの場面に、「第1話を読んでいるときからは想像もつかないような、市郎と純子の心の通い方でした。本番中、阿部さんが涙を流していらっしゃるのが見えました。あまり映っていないかもしれないですが、それにちょっと感動しちゃいました」と河合自身も演じながら泣きそうになったという。
第5話では、純子と市郎が阪神淡路大震災により亡くなってしまう未来が明らかになり、ドラマの印象もガラリと変わった。それは河合も同じだったようだ。
「最初は純子について、一人の人として筋を通したいなと思って台本を読んでいました。でも、そう思っていた自分が実は一番、純子を型にはめちゃっていたんじゃないかと思うくらい、どんどん演じる中で純子に気付かされる、純子の良さがすごくありましたね。それはもちろん、宮藤さんの書くセリフや演出、相手役の方との化学反応もあります。自分が思ってもみないところで感動もしました。純子が死ぬことが分かってから、周りの大人が純子を見守るという構造が少し浮かび上がってきているので、そこにもグっとくることが多いですね」
注目を集める重要な役となったが、「純子をやらせてもらえてよかったと心から思っています」としみじみと語る。続けて、「いろんな役をやってきて、いろんな人と作品を作ってきましたけど、純子を演じたことでたくさんの人にも知ってもらえたと思います。自分にとっても初めての表現と言いますか、演じたことのない種類の女の子に挑戦できて、宮藤さんの作品にも参加できました。いくつもの意味ですごく特別な役になりました」と、ターニングポイントになったと口にする。
ドラマも29日でいよいよ最終回。純子と市郎の未来も気になるだけに、河合がどんな姿を見せてくれるのか目が離せない。
□河合優実(かわい・ゆうみ)2000年12月19日、東京都出身。19年デビュー。21年『サマーフィルムにのって』、『由宇子の天秤』での演技が高く評価され、第43回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞、第35回高崎映画祭最優秀新人俳優賞、第95回キネマ旬報ベスト・テン新人女優賞、第64回ブルーリボン賞新人賞、2021年度全国映連賞女優賞を受賞。今年4月スタートのテレビ東京系連続ドラマ『RoOT / ルート』への出演を予定し、6月には主演映画『あんのこと』が公開予定。猪俣創平