「梨泰院クラス」から「六本木クラス」へ。「おっさんずラブ」の名脚本家・徳尾浩司の語り口が高める高揚感

「梨泰院クラス」から「六本木クラス」へ。「おっさんずラブ」の名脚本家・徳尾浩司の語り口が高める高揚感

「梨泰院クラス」でもキーとなった料理対決番組は9話に登場

(MOVIE WALKER PRESS)

Netflixで大ヒットした韓国ドラマ「梨泰院クラス」を、六本木に舞台を移して日本でリメイクした「六本木クラス」(毎週木曜日夜9時〜テレビ朝日系)。高校時代の事件によって人生を狂わされた主人公・宮部新(韓国版:パク・セロイ)は、金と権力の力で事件の偽装を行った日本最大の巨大外食企業「長屋ホールディングス(韓国版:長家/チャンガ)」の社長・長屋茂(韓国版:チャン・デヒ)とその長男・長屋龍河(韓国版:チャン・グンウォン)に復讐を果たすため、六本木に自分の居酒屋「二代目みやべ」(韓国版:タンバム)をオープン。本作はそこに新の初恋の人・楠木優香(韓国版:オ・スア)や高校時代に新と出会い、後に彼の店のマネージャーになる麻宮葵(韓国版:チョ・イソ)らの人生が絡み合う愛と復讐の物語だ。

全13話の放送も、すでに終盤戦へと雪崩れ込んでいるわけだが、放送スタート時から新を演じた竹内涼真や葵役の平手友梨奈のヘアスイルが韓国版の主演パク・ソジュンやキム・ダミに近しいだけでなく、設定やセリフのひとつひとつの再現度の高さに話題が集中。「ここまでオリジナルに迎合することはないのでは?」という批判的な意見も最初こそ飛び交っていたが、いまは世界中のファンを魅了した韓国版のエピソードや会話の数々を下手にアレンジせず、日本の風土や文化に適したものに忠実にスライドさせている点が評価されている。

確かに、リメイクは難しい。オリジナルとかけ離れたことをするともともとのファンから批難を浴びるし、寄せ過ぎても「ただのコスプレじゃないの?」「コントにしか見えない」なんて誹謗中傷を受けてしまう。なので、微妙なラインを突かなければいけないのだが、オリジナルをトレースするド真ん中のスタイルに舵を切った「六本木クラス」の制作陣の決断はいい意味で開き直っていて気持ちがいい。

物語の鍵を握る料理が純豆腐(スンドゥブ)チゲから唐揚げに変わったり、重要なシーンのシチュエーションやディテールが少し変わるだけで全体の展開や描写はほぼ同じ。新の父親・宮部信二(光石研)が事故死するシーンに至っては、韓国版のパク・ソンヨル(ソン・ヒョンジュ)が事故に遭うシーンと撮り方まで一緒だったから、流石に驚いた。

そこはオリジナルに対しての日本の制作陣のリスペクトの表れに違いないが、それはともかく、日本版は全16話の韓国版を全13話で語り切らなければいけない。しかも1話の長さも格段に違うから、どうしてもダイジェストになりがちで、実際、新が学校で問題を起こして退学になったり、大学受験の受験票を忘れた優香(新木優子)と一緒に走ったりするオリジナルの名シーンの数々も(ファンからのブーイングを浴びないように)きちんと押さえつつ、さらなる事件を起こして懲役3年の判決を受けるまでを第2話の前半までで一気に見せきっていた。

だが、これは確信犯に違いない。前半では登場人物たちのセリフを省きながら基本設定をスピーディに紹介し、周りの勝手な批難にじっと耐えながら、後半で反撃に転じようとしているのではないか?新の復讐劇と重ねるように、次第にアクセルを踏み込み、中盤から加速し、クライマックスで最初のころの批難を賞賛に一気にひっくり返す壮大にして緻密な計画なのではないのか?

そう思うのは、「六本木クラス」の脚本を請け負ったのが、あの「おっさんずラブ」(16〜)の徳尾浩司だからだ。徳尾氏は「おっさんずラブ」で社会現象を巻き起こし、ザテレビジョンドラマアカデミー賞の脚本賞に輝いた異才。ほかにも「私の家政夫ナギサさん」(20)や「恋はDeepに」(21)などのヒットドラマを多数手がけ、カナダの異色スリラーの日本版リメイク『CUBE 一度入ったら、最後』(21)の脚本を手がけた実績もある。そんな彼が勝算のない戦いに挑むわけがない。
■胸が熱くなる!生きた会話の応酬
実際、葵が新の店のマネージャーになってからは、彼女に扮した平手友梨奈の魅力と可愛さ、戦闘モードも手伝って、新の復讐劇が葵と優香の恋のバトルを絡めながら熱を帯び、おもしろくなってきた。

この段階に入っても、オリジナルのシチュエーションやセリフに大幅な変更が加えられているわけではない。逆に、細部までオリジナルを踏襲してやろうという頑固ささえ感じられるのだか、それでいて、韓国版とはまた違った高揚感があるのが不思議だ。なにによってそれは生まれたのか?そう考え、両作をつぶさに見比べて行きついたのは、セリフの言い回しやニュアンスが微細に改変されているからに違いないという結論だった。

例えば、葵が優香をトイレで挑発するシーンはオリジナルにもあって、セリフもほぼ同じ。だが、それが平手の目力や不敵な笑顔の強度も加わって彼女の最後のひと言「じゃ〜あ、あなたを叩き潰さないと!」が圧倒的な破壊力で優香に突き刺さるから気持ちいい。あるいは、葵が新の夢を後押しするセリフを言うシーンでも、大きな夢を語る社長に彼女が「口から出任せじゃないでしょうね?」と聞き返す韓国版と違い、日本版の葵は「社長、言いましたよね?」と強く確認。そこでは日本語字幕と肉声の違いも影響していて、その後も「成し遂げましょう」→「一緒に夢を叶えましょう」という葵を演じる平手が言いそうな“生きたセリフ”に変えられているから、視聴者は心を大きく揺さぶられるのだ。

思えば、「おっさんずラブ」が人気を集めたのも、田中圭、吉田鋼太郎、林遣都らキャスト陣がハマり役で、彼らの生きた会話の応酬が面白かったからではないか!そう、その公式は「六本木クラス」でも活かされていて、主演の竹内涼真を始め、長屋茂役の香川照之も葵役の平手友梨奈もそれぞれの役にピッタリで、龍河役の早乙女太一のなりきりぶりに驚愕。新のビジネスパートナーになる桐野雄大(韓国版:イ・ホジン)役の矢本悠馬に至っては、韓国版で彼に扮したイ・ダウィットにあまりにも似ていて笑ってしまう。けれど、獄中の新と雄大が接見室で肝になる会話をするシーンでは、同じ芝居なのに、日本版ならではの絶妙な距離感と説得力があって胸が熱くなった。

それともう一つ。ここがある意味オリジナルとの大きな違いだが、韓国版では主人公のセリフで語られただけだったトランスジェンダーの料理長・綾瀬りく(さとうほなみ/韓国版:マ・ヒョニ)の過去を「六本木クラス」では回想シーンで紹介。女の子の容姿に憧れたりくが親に咎められる幼少期や新との出会いのエピソードを、ほかのキャラクターと同じように丁寧に描き、チーム「二代目みやべ」の結束力や仲間意識をより強いものに。些細なことだが、ほかの登場人物の過去はすべて等しく描かれているのに、りくの過去だけがぼんやりしていると、彼の存在そのものが希薄になってしまう。それこそ、ともに狂おしい過去を背負った者たちが強い絆で結ばれ、巨大な勢力に立ち向かう本作の壮大な逆転劇ではそこを強化することに大きな意味がある。それこそが、徳尾の細やかな仕事のなせる業。観客の共感度を高くし、クライマックスでの没入感を深める計算があってのことだろう。

同時に、徳尾がオリジナルのセリフを日本の、いまの六本木や西麻布で実際に交わされていそうな会話に変換した登場人物たちのスピーディなやりとりは回を追うごとにヒートアップ。それらが六本木ヒルズを始めとする見慣れた場所で飛び交う作品自体もどんどん熱を帯び、日本人がもともと大好きな友情と恋に彩られた復讐劇をよりドラマチックなものに。どんどんおもしろくなっていることは、ネットに好意的なコメントが増え始め、異例のV字回復を見せている視聴率を見ても明らかだ。

それだけに、今後もその展開からますます目が離せない。これは単なる想像だが、「二代目みやべ」の自慢料理をオリジナルの純豆腐(スンドゥブ)チゲから日本人の若者が大好きな唐揚げに変えたのも、後半の起爆剤になることを考えた徳尾の周到な計画によるものではないか? 第1話で長屋茂が鶏の首を絞め、長男の龍河がそれを見たせいで鶏肉が食べられなくなってしまったという韓国版そのままの設定が、唐揚げにしたことでおもしろい効果を生み出しそうな気がする。

そうした細かいアレンジがボディブローのようにじわじわ効いてきて、それがクライマックスで未知の化学反応を誘発。ドラマ「六本木クラス」ならではの感動を呼び起こすのだろうが、本作をもっと楽しみたいなら、こちらも大きな人気を集めているコミック版「六本木クラス〜信念を貫いた一発逆転物語〜」(扶桑社/全6巻)も併せて読んでみて欲しい。ドラマ版との違い、それぞれのクリエイターの表現やアプローチのこだわりがより明確に分かるはずだから。

文/イソガイマサト

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