ドラマ「スクール☆ウォーズ」の「ヒーロー」や、「スチュワーデス物語」の「ホワット ア フィーリング〜フラッシュダンス」など、昭和の名作ドラマの主題歌で圧巻の歌唱力で一時代を築いた麻倉。当初は「音楽は好きだった」が、特に歌手になる夢などは持っていなかったという。
芸能界入りの入り口は、意外なところにあった。「『スター誕生!』とかオーディション番組がたくさんあって、本当に歌のうまい同級生がいつも受けに行ってたんですね。私たちは帰り、あんみつが食べたいがために、一緒にくっついて行っていた。(オーディションに)落ちようが何しようが、帰りはあんみつって。だから、いつもくっついて行ってたんです」。年ごろの女の子らしい目的もありつつ、友達の奮闘を見守っていたという。MCの「霜降り明星」せいやは、「あんみつにつられたんですね。かわいいストーリーで始まりますね」とほっこりした表情を見せていた。
そんなある日、その友人から誘いを受けた麻倉。「“1人で受けるの嫌だから、一緒に受けてよ”って。歌ったことがないのに、えっ?と思ったんだけど、ちょっとおもしろそうだから受けようかなと思ったのが、スクールメイツのオーディションだったんです」。スクールメイツには合格したものの、母の反対もあり断念。その後、月謝が1カ月無料になる音楽学校のオーディションを受け、「1カ月行っている間にはまっちゃった」と、歌の楽しさに目覚めたことを明かした。
もともとはアイドルとしてデビューするはずが、「なぜか声変わりしちゃって。精神的にもアイドルっぽくなかったので、私は無理だなって」と、歌手路線に変更された。当時は松田聖子、近藤真彦、松本伊代、薬師丸ひろ子らアイドル全盛期が到来していたが、「私と堀江淳さんと、(林家)三平さんのお嬢さんの泰葉さんの3人くらいしか、ちょっと大人という人はいなかったんです」と回想。「母が(スクールメイツを)許していたら、後ろで踊っていたかもしれませんね」と、運命のめぐり合わせに驚いていた。