結成16年以上の漫才師たちによる、フジテレビの賞レース『THE SECOND〜漫才トーナメント〜2024』のグランプリファイナルが5月18日に生放送された。優勝は逃したものの準決勝まで勝ち残り、大きな爪痕を残した吉本興業のコンビ「タモンズ」。インタビュー後編では、コンビの歩みを振り返ってもらった。
「タモンズ」ボケの安部浩章さん(42)とツッコミの大波康平さん(41)は、神戸市出身の同級生。高校卒業後に結成し、今年で19年目を迎える。5年前には、売れるためにトリオに体制変更する案も現実味を帯びた。「タモンズは終わりや」。そう思っていた二人がもう一度立ち上がり、THE SECONDの大舞台で輝くまでの道のりを聞いた(※以下、敬称略)。
「ネタもうまくいかない、お金もない」日々
ーーー結成からの年月を振り返って、コンビとして一番大変だった時期はいつ頃でしょうか
安部:2018、19年あたりですかね。僕の子どもが2016年に生まれたんですけど、金銭的にキツかったから、バイトを三つぐらい掛け持ちしていたんです。お金を稼ぐことの方が優先だったから、お笑いにしっかり向き合えなかったというか。バイトで疲れたまま劇場行ってネタやって、相方にネタのこと色々言われるんですけど、もうそんなことよりも「早く帰りたい」っていう感じがもう出ちゃってて…。そうですね、かなり仲悪くなってたと思います。
大波:僕も時期的にはそのぐらいが一番しんどかったです。うちは共働きで金銭的にはそこまででしたけど、お笑いについて「自己評価と周りの評価が合ってない」ことがきつかった。結果も出してないんで、評価合ってなくて当然なんですけど。
自分は自分のこと面白いと思ってる、でもどうやっても結果が出ない、だから相方になんか求める。僕自身もできてないのに言われるから安部も「なんで俺にばっかり」って思うでしょうし。それでも怒りをぶつけるところがもうここしかない、という。あの時期が一番不毛なことをしてたような気がします。
ーーーネタの方向性についてもすれ違いが起きることはありましたか
安部:方向性に関しては、もうちょっと前の段階ですね。僕らが「ヨシモト∞ホール」(※渋谷にある若手芸人が中心に活動する劇場)を卒業して、大宮セブン(※埼玉県の大宮ラクーンよしもと劇場で活動するユニット)に入ったのが2014年でした。
∞ホールは、お笑いがかなり好きなお客さんが来るとこだったんで、ネタも分かりやすさよりも角度のあるネタ…って言うんですかね、を僕らはやってました。でも本拠地が大宮になってお客さんの層がガラリと変わるんですよ。当時は今のように大宮セブンが売れてなかったので劇場もガラガラですし、来てくれるお客さんも、ファミリー連れとか普段お笑いに接しない方が多かった。本当に「寄席」という感じでした。
なので、分かりやすさ重視のネタをしないとウケないという。ウケないと仕事がなくなる、って思ってたんで「ウケるために分かりやすい漫才しようよ」っていうのがあったんですよね。でも大波さんは「曲げたくない」というか。ネタの方向性が、その辺からちょっとズレてきて、お互いが信用できなくなった感じがありましたね。
ーーー大宮セブンに選ばれたところまではよかったけれど、環境が変わってつらくなった部分もあったんですね
安部:大宮セブンになったことで一瞬だけ収入は上がったんですけど、それも初代の大宮セブンをつくった支配人の方が異動になった瞬間、出番がどんどん減っていって…。ネタもうまくいかない、お金もないっていう負のスパイラルに入っていったのが、さっきお話ししたような状態ですね。
「今からでも遅くねぇって!」楽屋でのドラマ
ーーーそんな中、一時はトリオに体制変更することも選択肢に入っていたと聞きました
大波:選択肢に入ってたというか、僕はもう「タモンズは終わりや」って思ってました。2019年ですかね。自分には自信があったので、お笑いはやめる気はなかったんです。だからやめる(解散する)かトリオになるか選んでくれ、って安部さんに言いました。
ーーー安部さんはどう受け止めましたか
安部:そうですね…もう二人でやるっていう選択肢がなかったですから。大波がもう1人の奴と連絡を取った上で「あいつ入れることになったけど、いい?嫌やったらもうこの話はなしでええねんけど、タモンズとしてはもうないから」って感じやったんで。「まぁそうなんかなぁ…じゃあしょうがないか…」って感じですかね。結果も出てないし、(提案を)のむしかなかった。色んな関係者にはもう「トリオになります」って報告を終えてたんで、本当に実現するギリギリまで行ってました。
ーーーそこから踏みとどまったんですね
安部:「今日、劇場の支配人に正式にコンビになることを報告しよう」と決めていた寄席の日がありました。「タモンズとして今日が最後になるな」という。
その日僕がちょっと早く楽屋にいたら、(先輩コンビ「囲碁将棋」の)根建さんがいて。「どう?トリオの話進んでる?トリオ名決まったの?」みたいに聞かれました。もうトリオ名も決めました〜なんて話してた時に、僕が「いやあ、でも本当は二人で売れたかったですけどね」ってポロッと言ったんです。そしたらそれがきっかけで、根建さんが「今からでも遅くねぇって!」って熱く止めてくれて。ほんま青春ドラマみたいに。ずっと言うのを我慢してくれてたんでしょうね。「色んな人に報告しちゃったかもしれないけど、そんなの覆しゃいいよ!」と、二人で活動を続けるように説得してくれたんです。
大波:で僕が舞台袖で出番待ってたら、安部さんに肩ポンポンって叩かれて。「もっかい二人でやりたいんやけど…」って言われたんです。結局トリオの話は無しになりました。
ーーーもし楽屋で根建さんに止められていなかったら、トリオになっていた?
安部:そうですね。今頃トリオになってたでしょうね
ーーー今回、THE SECONDでこういう結果になったことを考えると、お二人で続けられていて良かったですね
大波:そうですね。トリオやってたらまた解散してたかも分かんないですし。
安部:まぁ(メンバーに)入るって言ってくれてた同期も面白い奴なんで、良い化学反応が起きてキングオブコントとかで結果出てたのかもしれないですけど。
大波:こればっかりは分かんないですね。
再スタート切ったネタで、大舞台へ
ーーーそしてタモンズとして再スタートを切ったわけですね
安部:僕が腹を括ったというか…1回トリオになるって決まってたのを「やっぱ嫌や」って言い出したのは僕なんで。大波がやりたい漫才に全ベットしよう、って決めたんですよね。
僕が「大波の言う通り、全部もう振り切って、大波がやりたいことをやろう」って言ったら、大波が「それやったらやろか」って言ってくれたんで、 ネタに対するモチベーションがちょっと変わりました。
振り返ればコンビを組んですぐの何も考えてない頃って、二人でアイデア出し合って、ケラケラ笑いながらネタを作ってたんです。でも2012、13年に僕らが「THE MANZAI」でちょっと上に行った時に厳しい現実を突きつけられて「このままじゃ勝てへんのや」となりました。
で、大波がお笑いにしっかりと向き合うようになってくれて、大波主導で色々ネタをやるようになった。でも僕がそれについていけなくて、僕だけどこか同級生ノリのままでやっちゃってたんだと思います。そう自覚できたからこそ、トリオになりかけた時に「ここで腹くくらなあかん」という気持ちになりました。
ーーー大波さんとしては、トリオとして色々構想していたことも捨ててタモンズに戻ったわけですが…
大波:そうですね。僕はトリオになる騒動の前の辛かった時期にやってたネタとかが全然好きじゃなかったんですよ。昔憧れていたお笑い芸人の像と自分がやってるネタがかけ離れてるのが嫌で…。ウケる、ウケへん以前に自分が納得できるお笑いができなかったことでフラストレーションがたまってたんですけど、(安部さんが)「全部任せる。大波が好きなことやっていい」って言ってくれたんで。そこからM−1にはあと2回しか出られなかったけど「頑張ろう」って、真剣にネタ作り以外の部分も色々やったんですけど、2年では届かずで…。
で、安部がそう言ってくれて再スタートしてから最初に作ったネタで今回、THE SECONDファイナル出場が決まったんです(※ファイナルのザ・パンチ戦でも披露した「誕生日プレゼント」のネタ)。二人でもう一回やろう、ってなった次のM-1準々決勝で落とされて、納得いってなかったネタです。僕の中ではすごい…なんていうんですか、「メモリアルな漫才」というか。
もちろん当時から変えた部分は多いですけどね。もう1回がっちりスクラム組んで、お互い納得して作ったから、思い入れがあります。タモンズが地に落ちてた時期に「あ、やれるんちゃうかな」「もう1回戦えるんちゃうかな」って思えたネタで、ファイナル行けたのはうれしかったですね。
ーーータモンズが再スタートした2019年から、THE SECONDファイナル進出を果たした2024年までというのは、漫才師としての技術に磨きがかかった期間、という感じですか
安部:というか、「自由にやろう」になったかもしれないですね。それまでは、僕が大波のネタをいかに上手く乗りこなせれるか、ていう勝負でもあったので、大波から「ここはこう言ってほしい」「このタイミングで」みたいな注文が結構あったんですよ。僕はそういうことを結構感覚でやってしまってたんですけど、再スタートしてからは「ここはこうやから、こういう言い方で言わなあかんのや」とか、学びました。漫才の基礎をちゃんと考えるようになったっていうか…めっちゃ遅いんですけど。
で、全国ツアーを回るようになってからは、そういう風に蓄積してきたことに加えて、お客さんの反応を見ながら自分の感覚で臨機応変に変えてみて、ということをやっていました。本来なかったくだりを足してみたりとか、逆にここは深追いしてもウケないという所は本(台本)にあってもやらない、とか。結構自由に「習うより慣れろ」でやっていった感じです。
ーーー大波さんはいかがですか
大波:M−1のラスト2年とかは、僕が結構(安部さんに)言ってたと思うんですけど、最近はそんなにないです。人に何かを伝えるための喋り方とか理解して、自分のものにしてくれたと思います。
何か、振り返るとM-1ってやっぱりちょっと独特で。僕の感覚では漫才じゃないっていう感覚なんですけど。なんか、作品を発表するっていう感じかな。でも、今僕らがやってるのは「漫才」なんで…ニュアンスですけど。今もネタを作って漫才をやるんですけど、「そんなことは二の次」というか。面白いネタを作る、ってことがM-1の時が「10」やったとしたら。今は感覚的に「2」とか「3」ぐらいです。
ーーーそんなに減りましたか
大波:減りました。例えば舞台に出ていって椅子が置かれてたら、M-1やってたらイジってないと思うんです。でも、イジらないと嘘じゃないですか(笑)。とか、例えばお客さんが全員外国人やった場合でも、 M-1やったらそのままネタやってるけど、今やったらまずそこを処理すると思いますし。「ネタ中に行けるとこあったらそこ行く」って頭になってるし、それが漫才やと僕は思ってるので。だから、ネタ前に僕がアベさんに何かを伝えるよりも、終わってから振り返ることが増えた気がします。
安部:「あそこはこっち行ってたらウケてたんちゃう?」とか「ちょっとあそこは追わんでよかったんちゃうか」っていう反省会みたいな感じですね。
大波:ネタ合わせをすることにあんまり意味がなくなったというか…。「1番ウケやすい言い方はこれ」っていうのは間違いなくあるんですけど、それはあくまで統計的なものでしかなくて。すっごいレアパターンが起こる時もある。そのレアパターンに対応できた時の方が「漫才師やなぁ」って感じるかもしれないです。
「おじいちゃんになるまで漫才を」
ーーー今、漫才をしていて楽しいですか?
安部:僕は楽しいですね!
大波:難しさもありますけど、うん。やりがいありますね。今が一番「漫才をやってる」って感じがあります。M-1の時よりも。何のためのあれに情熱燃やしてたんやろう、って思う時もあるぐらいです。何か台本見ながら「この構造は新しいかな」とか思いながらやるのって何か…はい(笑)
ーーーお二人の目指す芸人像や目標について教えてください
安部:コンビ共通の目標としては、でっかい会場をタモンズファンで埋め尽くしたい、そこで漫才やりたいっていうのがあるんですよ。僕個人としてはとりあえず、バイト三つ掛け持ちしてたあの時代に戻りたくないっていう思いが強くて。お笑いだけやって生活できている今の環境にすごく感謝してるんです。だからこれを来年も再来年も続けていくには、やっぱりTHE SECONDで優勝するなり、世間に「タモンズやっぱおもろいな」って思わさなあかんなと。劇場の出番を減らさないためにも、来年THE SECONDを取りに行こうというのが直近の目標ですね。
大波:僕も本当、来年THE SECONDでネタ3本やって優勝して1000万円欲しいです。で、この二人で舞台上がって、どこまで大きいとこ行けんのか?っていうのは、人生賭けて挑戦したいですね。
安部:何カ月か前に囲碁将棋さんが日比谷の野音(日比谷公園大音楽堂)で漫才ライブやりはって、3000人ぐらい埋まったんですよ。僕らはゲストで呼んでもらって、その光景を見て感動したんですけど、どこかで「悔しいな」って思いもあって。あれをタモンズでやってみたいっていうのは、僕はちょっとあります。
大波:この間、テレビで「華大どんたく」(※博多華丸・大吉が今年2月にPayPayドームで開催、3万4千人超が来場)の様子見ましたけどすごかったですし、オードリーさんが東京ドームでやった「オールナイトニッポン」のイベントとかね。僕らの人生、あそこまで届くとは思えないですけど…武道館とかでできたら最高ですよね。
安部:うんうん。
ーーーぜひ「ほっともっとフィールド神戸」を埋め尽くしてください(※二人の地元であり応援するプロ野球オリックスの準本拠地)
大波:ほっともっとフィールド最高ですね!やばいっすね。
安部:でもAKBが握手会して芝ボロボロになって何か問題になってたんで、ちょっとデリケートやな…(※2012年、AKB48の握手会開催後に外野の芝生がボロボロになったことが当時オリックスファンの間で話題になった)
大波:ほな、隣のユニバー記念競技場でいいんじゃないですか?神戸の大きいところでできたらほんま嬉しいですね!
ーーーぜひ大きい会場をタモンズファンで埋め尽くしていただきたいです
安部:やっぱりおじいちゃんになるまで漫才やりたいですね。師匠がやってらっしゃるように。
大波:どんな仕事も全力でさせてもらって、僕らのファンを増やしたいです。僕らの漫才に足を運んでもらえるように頑張ります。
◇ ◇ ◇
タモンズは現在、ライブ「詩芸」47都道府県ツアーを開催している。チケットは「FANYチケット」で発売中。
(まいどなニュース・小森 有喜)