「きのう何食べた?」に共感し、感動する理由とは?原作からさらに踏み込んだドラマならではの秀逸な演出

「きのう何食べた?」に共感し、感動する理由とは?原作からさらに踏み込んだドラマならではの秀逸な演出

シロさんのケンジに対する愛の深まりも感じられるテレビドラマ「きのう何食べた?」のシーズン2(第4話「カルボナーラは別れの合図!完璧な恋人?」)

(MOVIE WALKER PRESS)

よしながふみによる大人気コミックを、西島秀俊と内野聖陽のダブル主演で実写化したテレビドラマ「きのう何食べた?」。2019年4月クールにシーズン1、2020年元旦に正月スペシャルドラマが放送され、2021年11月に公開された劇場版も大ヒットを記録。そして現在、2023年10月クールからは、ついにファン待望のシーズン2がスタートし(テレビ東京系・毎週金曜深夜24時12分〜)、その放送後に毎回、大きな話題を集めている。

脚本を手掛けるのは、シーズン1からの続投となり、「何食べ」の魅力を知り尽くしている安達奈緒子。1話読み切りの原作コミックに合わせ、ドラマ版も1話30分で完結するスタイルだが、どの回も原作コミックの巻を跨いで、絶妙なバランスでセレクトされた複数のエピソードで構成されている。ストーリーや劇中に登場する料理を含め、原作に忠実でありつつ、さらにもう一歩、キャラクターの内面にグッと踏み込んだセリフを加えるといった、さりげない演出が秀逸だ。本コラムでは、シーズン2のこれまでに放送された回で印象に残ったシーンを振り返りながら、観る者の深い共感を呼ぶ本作の魅力を探っていきたい。

小さな法律事務所で働く雇われ弁護士の筧史朗(西島)と美容師の矢吹賢二(内野)は、シロさん、ケンジと呼び合う恋人同士。毎日、仕事を定時に終わらせ、スーパーで買い物をして、栄養バランスのとれた夕食を作るのが、シロさんの日課だ。ケンジもシロさんのおいしい手料理を毎日楽しみにしている。そんな変わらない日常を送りながらも、時の流れにともなって、それぞれの勤務先や2人の暮らしにも徐々に変化が起きていく。

■シロさんのケンジに対する想いがより深くなった“変化”

現実の世界を生きる私たちと同じように、劇中でもきちんと時間が流れ、キャラクターたちが着実に年を重ねていくのが本シリーズの特徴の一つ。シーズン2の始まりとなる第1話では、お買い得なスーパー「ニュータカラヤ」の閉店と急激な物価上昇の影響を受けて、シロさんが苦悩の末、食費の予算を値上げしたいとケンジに話すエピソードが描かれた。

原作でも、すでに何度か値上げされているものの、倹約家のシロさんにとって食費の値上げは一大事。深刻な表情で「ちょっと話があるんだ…」と切りだすシロさんに、よもや悪い話ではないかと、不安でいっぱいになったケンジが「どしたの?」と平静を装いながらも、必死に涙をこらえ、目が赤くなる様子がいじらしい。

その後、真相がわかって安堵するケンジに対し、シロさんは、ケンジのコレステロール値が高くなったのは、魚より安い肉の食材を使ったメニューが多かったせいではないかと言い、「本当に申し訳ない」と真剣に謝る。シロさんの苦悩の本当の理由は、自分の健康に責任を感じていたせいだとわかり、胸を打たれたケンジの「おかげでこうして、すっごくおいしいお魚食べられるようになったじゃない。いろいろ変わっていくけど、悪いことばっかりじゃないよ」というセリフはドラマ版のオリジナルだ。

「いろいろ変わっていくけど、悪いことばっかりじゃない」。

このケンジらしいポジティブなセリフは、おそらくシーズン2の大事なテーマの一つが“変化”であることを示唆している。まず、シーズン2を観ていて驚かされるのは、もともとシロさんへの想いをストレートに表現していたケンジはもちろん、シロさんのケンジへの愛情がより深まっていることが、あらゆるシーンで感じられるところだ。周囲にゲイバレすることを嫌がり、頑なな態度でケンジを落胆させていたシーズン1のクールなシロさんとは大違い。ケンジを両親に紹介し、一緒に旅行もし、これからも共に生きていくんだという気持ちを胸に、年月を積み重ねてきた2人だからこその関係性が愛おしい。

■シロさんとケンジ、シロさんの両親との関係性にももう一歩踏み込む

第3話で友人のゲイカップル、小日向さん(山本耕史)と航くん(磯村勇斗)の家でのハロウィンパーティに招かれた際、出かける前にケンジにねだられて、「人間、何事も慣れだな」とぼやきつつ、ケンジとおそろいの結婚指輪をちゃんとはめるシーンにもシロさんの成長が見られる。

その数日後、シロさんが両親と永代供養の屋内墓地の見学に行った夜、家で自由な一人メシを堪能したケンジは、「俺、シロさんのご両親とは、もうニ度と食事することもないんだろうなぁ」としんみり。ちょうどそこへ、両親からケンジへの贈り物であるイチゴと共に帰宅したシロさんとのやり取りが印象的だった。

初物のツヤツヤのイチゴを泣きそうな表情で見つめるケンジに、「別にそんなんで、うちの親のこと、許さなくていいぞ。おまえに家に来るなって言ったの、撤回したわけじゃない」と言うシロさん。ここまでは原作通りだが、ドラマ版ではシロさんが続けて、「うちの親は…。いや、そうさせている俺も含めて、やっぱり、おまえにひどいことしてると思う」と声を震わせるのだ。そんなシロさんに、ケンジは「家族だからとか、息子の恋人だからとかで、会いたくないのに、無理に会う必要なんかないよ。会いたい時には、会える。それが幸せなんじゃない?」と優しく微笑む。シロさんは、家族の行動がケンジを傷つけていることをちゃんとわかっていて、申し訳ないと思ってくれている。それだけで、ケンジの気持ちがどれだけ救われたことだろう。

この、ちょっとシリアスな空気のシーンのあと、シロさんの両親が、もしよかったら追加料金を払って、将来、シロさんもケンジも一緒の墓に入らないか?と提案したことが明かされるという意表を突くオチがある。それを聞いたケンジがハイテンションになる様子に笑いながらも、なんだかんだ言って、ケンジを息子のパートナー=家族と認めているとしか思えない、シロさんの両親、特にお母さん(梶芽衣子)のケンジに対する心境の変化にもしみじみする。

■生身の俳優が演じることによるエモーショナルな化学反応

原作では序盤に初登場したシロさんの元カレ、ノブさん(及川光博)の話や、クリスマスメニューにまつわるエピソードで構成した第5話も、放送後に「神回」との声が沸き上がった傑作だ。クリスマス後の年末、仕事で帰宅が遅くなったシロさんが親子丼を作ろうとすると、あったはずの玉ねぎをケンジが使ってしまっていたことが発覚。内心ムッとするシロさんだが、表には出さず、じゃあ、鶏のから揚げにしようかと言うと、すかさずケンジは「いいよ、いまから揚げ物なんて大変だよ。シロさん、お仕事で疲れているのに。買ってくるよ、玉ねぎ。ほんとごめんね。すぐ戻ってくるから」と、スーパーへ走っていく。

この時、シロさんの脳裏に浮かんだのは、かつて同棲していたノブさんと、同じように冷蔵庫の在庫管理について行き違いがあった際の、ケンジとは対極的なノブさんの自己中心的な態度だ。モラハラ気質だけれど、外見があまりにタイプだったがゆえに、いつも言いたいことを我慢して、相手の機嫌を取るのに必死だった若い頃の自分。ふと我に返ったシロさんは、いつしか自分の目に涙が浮かんでいることに気づいて動揺する。さらにドラマ版では、(あぁ、そうか…。俺、いま、幸せなんだ)というシロさんのモノローグが加えられている。ここで、シロさん役の西島が見せる繊細な演技の破壊力ときたら!観ているこちらも、思わず涙がこぼれてしまう。

この一連の流れ自体は原作に忠実で、ケンジの行動に感動したシロさんの目に、コミカルなタッチでちょっぴり涙が描かれているコマもあるのだが、生身の俳優が肉体をもって体現する、内側からぶわっとあふれるような感情の高ぶりは圧倒的。原作がわりと淡々としたドライなテイストの絵で描かれているだけに、俳優たちが見せるエモーショナルな化学反応を楽しめる新鮮さも、よしながふみ作品の実写化の醍醐味だ。

■何気ない描写の数々から登場人物たちの愛が感じられる

クリスマス前、ケンジが職場のヘアサロンで、シロさんが作ってくれる毎年恒例のメニューの話をした時、タブチくん(坂東龍汰)を含む同僚の美容師たちが「愛だねぇ」「愛ですねぇ」と口々に言う原作にはないシーンもかわいくて、まさにそれ!と言いたくなる。ロマンティックな愛の言葉や、ドキドキするようなキスシーンがなくても、相手が喜ぶ料理を作ったり、おいしいねと言い合いながら食事したりする、そんな穏やかな日常の積み重ねが、最強のラブストーリーになることを「きのう何食べた?」は教えてくれる。

今後、シロさんの弁護士事務所でのポジションはどうなるのか。ケンジの勤務するヘアサロンの店長(マキタスポーツ)とレイコさん(奥貫薫)夫婦の行く末は…など、気になる要素もたっぷり。これからのシロさんとケンジ、2人を取り巻くキャラクターたちの物語も楽しみでたまらない。

文/石塚圭子

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