クラシック音楽のコンサートでは、「お姫様」のようにきらびやかなドレスが女性の演奏者の定番ファッションだった。そんな定番とはひと味違う衣装を演奏者自身が提案する動きが現れている。音楽家ならではの目線で工夫された衣装は他のプロ演奏者からも注目を集めており、舞台衣装の多様化が進みそうだ。(デジタル編集部 谷口愛佳)
バイオリニスト花井悠希さん、音楽家目線でデザイン
自らもバイオリニストとして活躍する花井悠希さんがデザイナーを務める「PANORMO(パノルモ)」の服は、音楽家が舞台で演奏しやすく、美しく映えるように考えられている。
演奏時に脚を広げるチェリストやギタリストらが身動きしやすいようにプリーツをあしらった服。左肩に楽器を載せて弾くバイオリニストでも衣装が舞台映えするように右側にたくさん折り目をつけてアシンメトリーにしたワンピース……。
「ギタリストの村治佳織さんに着てもらったところ、『ちゃんと脚を広げて正しい姿勢で弾ける』と喜んでもらえました」と、花井さんは笑顔を見せる。
衣装はオンラインストアやセレクトショップで販売し、クラシック音楽の関係者だけでなく、ピアニストのユーチューバーや人気バンドのボーカリストらにも愛用されているという。
当たり前に着ていたカラードレス
花井さんは3歳からバイオリンを習い始め、クラシックのコンサートやコンクールなどの舞台に立ってきた。結婚式のお色直しで見かけるようなAラインのカラードレスを着ることが多く、花井さん自身も「当たり前に疑うことなく着ていた。そういうものだと思っていた」と振り返る。
転機となったのは、東京音楽大に在学していた2010年にCDデビューを飾ってからだ。テレビ番組に出演するようになると、スタイリストがワンピースなどを用意してくれた。「普段着の延長にあるような衣装であっても、(舞台などで)きれいに見せられるものがある」と、ハッとした。
衣装は曲や場所、演出で変わるべきもの
もちろん、カラードレスは「大きなコンサートホールでオーケストラをバックに演奏するなら、それくらい華やかであってもいい」と思う。ただ、サロンのように小さな空間で演奏する場合は、衣装ばかりが目立ってしまう場合がある。海外にはパンツスタイルで演奏するアーティストもいた。「衣装は曲や場所、演出の中で変わるべきもの。カラードレスではなくても、ステージに出てきた時に客がハッとするような衣装の選択肢を作りたい」と考えるようになった。
そんな時に、衣装のレンタルを通じて交流があったファッションブランド「JUN OKAMOTO(ジュンオカモト)」で「音楽と服」をテーマにした企画が持ち上がり、服作りに参加することになった。生地やファッションについて学びながら、コレクションのテーマ選びやデザインを考えている。2018年に翌年の春夏コレクションを発表し、以降、新作を発表し続けている。
ブランド名の由来はバイオリン製作者
ブランド名は自身が使っている1810年製のバイオリンの製作者に由来するという。「楽器のおかげでよく見えたり、いい演奏ができたりする。楽器と演奏者の近しい距離感を服にも感じてほしかった」というのが命名の理由だ。華やかさは備えつつも、日常の場面でも着られるバランス感を大切にしているという。「服はときに力になってくれたり、自己表現したりするもの。打ち合わせなどのステージ以外の日常のシーンでも、その人のキャラクターを作るために着られる服になれたらいいなと思う」。音楽家に限らず、大切な場面で着てもらえる服を提案していきたいという。
チェリスト新倉瞳さんもプロデュース
チェロのソリストとして活躍する新倉瞳さんがプロデュースするブランドもある。「M Maglie le cassetto(エムマーリエルカセット)」で、2019年からコレクションを発表している。
日本と海外を行き来しながら演奏活動を続けている新倉さんは、持ち運びするドレスにしわができてしまい、演奏会の衣装に困ることが多かったという。「ホールにはアイロンもあるけど、演奏前は音楽に集中したい」と感じた。体にぴったりした衣装を着たところ、演奏中の動作で「首の後ろのホルターネックを留めているボタンが取れて、危うくはだけそうになってしまった」こともある。
機能性備え、音楽に合うドレス「なかなかない」
シリアスな音楽なのにかわいらしいドレスを着てちぐはぐな印象を与えるようなことがないよう、作曲の背景などを踏まえて衣装を選んでいるが、機能性と音楽にふさわしいデザインを兼ね備えた服は「めちゃくちゃ探したけど、なかなかなかった」。「もっとドレスの選択肢が増えたらいいな」と思っていた時に、新たなブランドを作ろうとしていたアパレル会社から、「プロデュースを担当してもらえないか」との依頼があり、快諾した。
着まわしや見栄えの工夫も
自身の経験から、ドレスにはしわになりにくく、伸び縮みする生地を使うなどして演奏者のストレスを減らしている。ケープ付きのロングドレスは、ケープを外すとノースリーブになって着回しがきくほか、ウエストの位置を高くしてスッキリ見せ、裾は広がるようにして脚を動かしやすくする工夫を凝らした。
新倉さんは「何よりも音楽を引きたてられるドレスであることを願っている。演奏でストレスなく、音楽にも合うドレスがある(演奏者の衣装に関する)駆け込み寺のようになればうれしい」と目を細めた。
◆花井悠希さん=1988年生まれ。三重県出身。東京音楽大学卒。2010年からビートルズなど洋楽アーティストの楽曲をカバーする「1966カルテット」のメンバーとしても活動。クラシックにとどまらず、幅広いスタイルで演奏活動を続けている。中学、高校時代を過ごした三重県四日市市の観光大使も務める。
◆新倉瞳さん=1985年生まれ。東京都出身。8歳からチェロを始め、桐朋学園大音楽学部在学中だった2006年にCDデビューした。その後、スイスのバーゼル音楽院修士課程を修了。ルーマニア国際音楽コンクール室内楽部門で1位に輝くなどし、ソリストとして活動を続けている。