授賞式半ばの長編ドキュメンタリー賞のプレゼンターで登壇したクリス・ロックとスミス夫妻は旧知の仲で、彼の毒舌が制御不能なことも知られている。それでも、なにかがウィルの理性スイッチを切ってしまったようだ。アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーは、番組終了後に「いかなる暴力も看過することはできない」と声明を発表し、本件の正式な調査を行う。アメリカ国内世論も分かれている。今年の授賞式は、技術賞など8部門を生放送から追い出しただけでなく、程度の低いジョークでさんざん俳優たちをいじった結果、この夜に最も祝福されるべき人が長く辛い審判にかけられるような事態に陥ってしまった。
平手打ち事件から1時間後。ドルビーシアターを埋める観客と、1600万人強のアメリカのテレビ視聴者、数千万人の世界中の視聴者が固唾を飲んで見守るなか、ウィルは時々声を震わせ涙を流しながら、およそ3分間に及ぶスピーチを行った。この後の主演女優賞のプレゼンターとして登壇した、昨年の主演男優賞受賞者アンソニー・ホプキンスは「なんという夜でしょうか。ウィル・スミスがすべてを語ってくれました。これ以上なにを言えるというのでしょう。平和と愛と静けさを手に入れましょう」とスピーチした。
■ウィル・スミス 主演男優賞受賞スピーチ全文
リチャード・ウィリアムズは、家族を守るために猛烈な力を発揮しました。人生のこのタイミングで、この瞬間、神が私にこの世界に存在し、役割を与えてくれたことに圧倒されています。この映画を作ることで、私はいままで出会った人のなかで最も強く、最も繊細な一人であるアーンジャニュー・エリスを守ることができました。ビーナスとセリーナを演じたサナイア(・シドニー)とデミ(・シングルトン)を守ることができました。
私は、人を愛し、人を守り、仲間を守る大河となることを求められているのです。この仕事では、罵声を浴びせることも、他人から変な噂を立てられることも、我慢しなければならなりません。自分を見下す奴らがいても、笑って、平気なフリをしなくてはいけません。でもリチャード・ウィリアムズは…。D、ありがとう。デンゼル(・ワシントン)が数分前に言ったんです。人生の最高の瞬間には、悪魔がやってくるから気を付けろ、と。
愛を入れる器になりたい。ビーナスとセリーナにありがとうと言いたい…。テレビで見ていないといいんだけど。ビーナスとセリーナとウィリアムズ・ファミリーに、あなたの物語を私に託してくれたことに感謝したいと思います。それが私のやりたいことです。そのアンバサダーでありたいと思います。愛と思いやりと心配りのようなもの。アカデミーに謝りたい…。候補者の仲間たちに謝罪します。
これは美しい瞬間です。賞をもらったからといって泣いているわけではありません。賞がすべてではありません。すべての人に光を当てることができる人間になりたい。ティム、トレバー、ザック、シンシア、デミ、アーンジャニュー、『ドリームプラン』のすべてのキャストとスタッフ、キング・リチャード、ビーナスとセリーナ、ウィリアムズ家の皆さん。芸術は人生の模倣です。私はリチャード・ウィリアムズのようにクレイジーな父親に見えたでしょう。愛がクレイジーなことをさせるのです。本当に複雑なんですが、私の母のために。母には編み物の仲間がいて、表舞台に出たがらないんです。フィラデルフィアにいる編み物仲間と観ていることでしょう。母と家族を愛し、守りたい。時間を使いすぎました。この名誉をありがとうございます。この瞬間に感謝します。リチャードに代わって、またウィリアムズ家に代わり、ありがとうございました。アカデミーが私を再び招待してくれることを期待して、ありがとうございます。ありがとうございました。
文/平井伊都子