「自分のピントがズレていくような気がする」。そう語るのは、テレビプロデューサーの佐久間宣行さんだ。
佐久間さんは現在48歳。若者たちから熱狂的な支持を得る人気番組を数多く制作しながら、YouTuberやラジオパーソナリティーとしての顔も持つ。1月19日からは、プロデューサーを務めたDMM TVで『インシデンツ2』の配信が始まったばかりだ。飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍を見せるが、ラジオでは自らを「おじさん」と呼ぶこともあり、自らの年齢には自覚的だ。
中年期の心理的危機が注目されるようになってから久しいが、佐久間さんはどのようにして「中年の危機」を回避しているのか。
テレビプロデューサーの佐久間宣行さん
寝ないと判断力が鈍る
——忙しすぎて精神や体力が限界になった時はどうやって乗り切っていますか? 忙しいとアイデアが湧かなくなりそうです。
「これ以上仕事しても進まない」と思う時は、寝るか、映画を見に行くか、です。自分の場合、判断力が鈍るのは寝てない時なんですよ。個人作業は寝てなくても進められるけど、ジャッジしなきゃいけない時は寝ないとダメ。
あと、起きてから最初の3〜4時間でカロリー高めの仕事をするようにしています。大事なVTRのチェックとか、会議のアイディア出しは、 寝ていなければ仕切り直した方がいい。
—―こういう仕事を進めるテクニックは何歳ぐらいで身につきましたか?
30代で番組をたくさん抱えるようになってからです。概念的な話をすると、30歳ぐらいで、自分しかできない「人(ニン)」を見つけられたような気がします。
——芸人用語の「ニン」ですか?
その人らしい芸風、個性みたいなものですかね。芸風ができれば、戦い方がわかる。僕が自分の芸風に気が付き始めたのは、『ゴッドタン』を立ち上げたぐらいです。
—それまではテレビ東京ではお笑い番組はあまりなかった記憶があります。
そうそう。トライアルとして『ゴッドタン』の特番を何本か作って、反響があったんです。なんとかレギュラーまで持っていくことができて、「自分が面白いと思う東京の芸人さんを生かして番組作った方が、テレビ界にないもの作れる」ような気がしてきた。吉本の芸人さんがメインで出る番組はすでにおもしろいものが沢山あるから、別のことをやった方がいいと思いました。
他には、自分はメジャーフィールドの番組を作るより、映画とか演劇みたいな別のカルチャーのジャンルを組み合わせて番組を作った方が得意な気がしたので、高視聴率を取るのは厳しいだろうなと思ってました。『ゴッドタン』を立ち上げて早々にDVDを出したのも違う戦い方をしたかったからです。スポンサー以外の稼ぎ口を作れるって証明すれば、会社も評価してくれる。重宝してもらえるようになるんです。だから、テレ東時代は、ホームランになる球とは違う球を狙っていました。
テレビプロデューサーの佐久間宣行さん
「怖いことばっかりですよ」
——『ゴッドタン』のスタートは、娘さんが生まれたのと同じぐらいのタイミングですよね。忙しかったのでは?
当時は3番組の演出をやっていたので、出産直前の9日間ぐらいは家に帰れませんでした。妻に申し訳なくて、すごく覚えてます。
娘が生まれたことは僕にとってすごくプラスで、それまでにない発想ができるようになりました。子供向けバラエティの『ピラメキーノ』は純粋に「娘が笑えばいいや」と思って企画したぐらいです。
ただ一方で、妻も働いているので、家のことは分担しないと回らなくて。当時は徹夜で編集するのが当たり前の時代でしたけど、自分だけ家に帰らなくてはいけなかったので、焦りましたね。テレビ業界の人は40半ばとかで結婚する人が多かったので、自分と同じ境遇の人はいないし。家で寝ずに編集して午後にネットカフェで仮眠をとる、みたいな生活を何年か続けました。
でも、今フリーの身でここまで働けてるのは、子供が高校生になってほぼ自立しているからなんですよね。日曜日にパパが家にいようがね…1人でどうぞって感じでしょ?(笑)
テレビプロデューサーの佐久間宣行さん
——会社を辞められてからはテレビの枠を超えていろんな挑戦をしていますが、不安を覚えることはないのでしょうか?
怖いですよ。フリーになって最初に作った大きな番組はNetflixの『トークサバイバー』で、大掛かりな宣伝をしていただいたので、コケたら大変だなと思ってました。YouTubeも同じで、登録者数も再生回数も出てるからスベったのがバレてしまう。怖いことばっかりですよ。現場ではあんまり言わないですけど。
——どうやって不安感を抑えてますか?
失敗も知見になれば、データを取ってるのと一緒。もうこの仕事やれてるだけで楽しいから、僕の人生をトータルで考えたら失敗じゃないと思うようにしてます。不安は常に湧いてくるので、こうやって飼いならしています。
アニメやゲームの方がテレビ番組よりも挑戦的な構造をしている
—―「インシデンツ2」は、佐久間さんの手がけた番組とは毛色が違いますよね。新しい番組に挑戦するのも、やはりプレッシャーはありましたか?
ありましたね。DMM TV内のオリジナルコンテンツの第一弾だったので、またプレッシャー(笑)。無事評価をいただいた結果、2期が作れてるので嬉しいです。
「インシデンツ2」
——コントでありつつ重厚感もあって新鮮でした。闇バイトや新興宗教まで出てくるので、見ていて肝を冷やしたりも。
『インシデンツ』はテレビでは受け入れてもらえないだろうと思っていた企画です。アニメとかゲームって入口と出口が違う物語があるじゃないですか。『君の名は。』は、恋愛ものだと思って見始めたら、途中で違うテーマが出てきて驚く。こういう構造の物語は、テレビドラマだとあまり見ないので、いつかやってみたいなと思っていたら、DMMさんが選んでくれました。今回はそこに、自分が好きな2000年代初頭の犯罪映画の質感をプラスしました。
――視聴率では争わない場所で戦う。
DMMさんはやんちゃを許してくれる会社だったので、大丈夫だろうと思ってました。
細かい表現においては多少炎上してもいいかな…と思ってます。そもそも、どんな表現でも、傷つく誰かはいる。ただ、一方的に誰かを傷つけたり、不利益を被ることのないようには気をつけてます。バランス……かなぁ。
あともうひとつ、さらば青春の光の2人が保険になってくれています。さらばは、もともと人気だったけれど、もっと売れると予想してたんですね。だから今作でもお客さんを連れてきてくれるはずだと思ってます。
基本的に僕はネガティブなんですよ。自分の可能性を全く信じていないから、こんな風に、小さい勝算を積み重ねてから冒険に出てます。
若手から「追い抜かれるのでは」と焦らないコツ
—―若手が脅威だと感じたことはありますか? 追い抜かれるんじゃないかと。
根本的にずっと思ってます。お笑い番組をやってるディレクターで、50歳を過ぎてピントがズレなかった人って、ほぼいないと思うんです。生理現象だから、自分も45歳ぐらいでズレるだろうと思って仕事してました。
—―今、48歳ですよね?
そう。今、やっていけてるのは、僕はエンタメのインプットが多かったから、アイデアの引き出しが多いだけだと思ってます。今はズレが少なくても、いずれは大きくなると思ってます。たまたまハライチやラランドとは気が合うので一緒に仕事をやらせてもらってますが、20代の芸人さんは僕が隣にいるべきじゃないような気もしています。
テレビプロデューサーの佐久間宣行さん
――危機感、みたいな?
僕、若手より、リスクをとってるんですよ。フフフ。だってYouTubeなんていつスベってもおかしくないし、Netflixだって番組がコケたら終わり。あと僕は何より会社を辞めてますからね(笑)
リスクをとってる分だけ若手が怖くない。実力面ではなくて、とにかく自分がチャレンジしてると思える状態でいると、他の人が気にならなくなる。リスクをとるのって僕も怖いんですけど、不安は「解消するよりも、利用できるもの」と思って仕事をした方が健全だと思うんですよ。自分に自信がないってことは「僕にはAができないから、Aは諦めてBにしよう」と現実的な目を持てるってこと。ポジティブマインドを無理矢理作るよりヘルシーでしょう?
さっきバラエティのピントがずれてくるかもしれないと言いましたが、自分のセンスがフレッシュでなくなったと感じたら、他の世界に踏み出してもいいかなと思ってるんですよ。違うジャンルでは、自分のセンスが新しく見えることもある気がするので。
不安で当然。ネガティブなのが普通。僕も「うまくいかない、あれどうしようかな」と毎日思ってるけど、これまでも似たような不安をたくさん飼い慣らしてきたなと思える。経験って言えるのか微妙ですけれど、不安の使い方が分かってくる。中高年は楽しいですよ。
佐久間宣行(さくま・のぶゆき)さんプロフィール
1975年、福島県いわき市生まれ。テレビプロデューサー、演出家、作家、ラジオパーソナリティ。『ゴッドタン』『あちこちオードリー』『ピラメキーノ』などを手掛ける。元テレビ東京社員。2019年4月からラジオ『佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)』のパーソナリティを担当。YouTubeチャンネル『佐久間宣行のNOBROCK TV』は登録者数160万人を超える。DMM TVでは『インシデンツ』を手掛け、2024年1月19日からはシリーズ2作目の『インシデンツ2』が配信開始。著書に『佐久間宣行のずるい仕事術 僕はこうして会社で消耗せずにやりたいことをやってきた』(ダイヤモンド社)などがある。