【フェイクドキュメンタリー】テレビ東京入社5年目プロデューサー・大森時生が語る“分かりづらい不気味さ”が人気の理由

 テレビからフェイクドキュメンタリー番組を次々と世に送り出すテレビ東京プロデューサー・大森時生。今まで大森氏が企画・演出してきた番組はすべてフェイクドキュメンタリーで、自身もフェイクドキュメンタリーの猛烈なファンのひとりだ。

 後編では『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』『このテープもってないですか?』の演出術を訊きながら、今、フェイクドキュメンタリーというジャンルに注目が集まる理由に迫った。

 聞き手は、『1989年のテレビっ子』『芸能界誕生』などの著書があるてれびのスキマ氏。現在、ネットで話題の「フェイクドキュメンタリー」に意欲的に取り組んできたテレビ番組の制作者にインタビューを行なう短期シリーズの第3回【前後編の後編。文中一部敬称略】。

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目次

『奥様ッソ』の当初のタイトルは『2回見たら怖いテレビ』

 大森時生が初めて企画から立ち上げたのは、入社3年目に制作した『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』(BSテレ東)だ。2021年の年末に4夜連続で放送。「芸能界のおせっかい奥様が日頃大変な思いをしている奥様たちのお悩み解決に大奮闘!笑いあり、涙ありのハートウォーミングバラエティです!」という番組公式HPの紹介文は、コアな番組を好む視聴者からは真っ先にスルーされてしまいそうな内容とタイトルだ。

 企画が通った際のタイトルは『2回見たら怖いテレビ』だったという。「大家族」や、「集落に住む夫婦」に密着するのだが、その裏で不穏なことが起こっているという設定で、『放送禁止』へのオマージュでもあるという。

 一方で、『放送禁止』がタイトルで不穏さを提示しているのに対し、企画書の当初のタイトルから変更し、『がんばれ奥様ッソ!』という何の変哲もない主婦向けバラエティとして受け取られる。

「構成作家の竹村武司さんと話したときに、そのままのタイトルで行くのはやめようということになりました。『2回見たら怖い』とタイトルで言ってしまうと、ある種の安心感が生まれてしまう。ショーとしての異物を見せられている感じになってしまう。そうではなくて、見終わった後にも、そのままショーが終わらないような余韻を残したいなと思ったんです。

 主婦向けバラエティの体裁にしたのは、角が立つ言い方かもしれませんが、無味無臭を目指したかったからです。自分が一番興味を持てないような番組で余韻が残っているのが一番いいんじゃないかと。見終わったあとのことを想像したときの気持ちを逆算したときにそう考えました」

Aマッソ起用のきっかけはW結婚スクープ

 MCには、ちょうどコンビで既婚者であることがスクープされたばかりのAマッソが起用された。

「タイミングとしてもちょうどいいってなりましたね。最初は演者さんは決まってなかったんですよ。でも、スタジオでVTRを見る番組にしたほうがバラエティ感が出るなと思ったんです。それで、どこまで本当のことを言って、どこまで嘘を言っているかわからない、虚実の境界がそんなに見えない、かつ、ちゃんとスタジオで面白いトークをして成立してくれる人と考えたら、すぐにAマッソが浮かびました」

 スタジオではAマッソの2人が「芸能人が奥様の悩みを解決する密着VTR」を見ながら、どこまで本気かわからないトークを挟んでいく。後半になるにつれ、見当違いともとれるような突拍子のない話も多くなっていく。

 スタジオには密着VTRに登場するカルト集団の小道具なども置かれており、番組自体もカルト集団の一部であると示唆されているため、Aマッソが番組ではどのような立ち位置なのか、視聴者の間でも“考察”がおこなわれた。

「演者さんにもよると思うんですけど、基本的には細かい設定を伝えないほうがナチュラルになると僕は思っていて。お二人には番組の一番大事なポイントとなる概念とトークテーマだけをお伝えしました。台本はほとんどないです。

 だってAマッソの加納さんが「ハムスターの鳴き声で肌がキレイになる」っておっしゃていましたが、僕には思いつきませんし(笑)。本当にわけのわからないことをすごいスムーズに話されていてびっくりしました。お二人のセンスですね」

『奥様ッソ』のスタッフには「構成」としてホラー作家の藤白圭がクレジットされている。

「『奥様ッソ』は、『放送禁止』でいうと初期よりは中期くらいのイメージで、ネットの「洒落怖」や「意味が分かると怖い話」とかに近い。番組内で何が起こっているのか示されずに分からない状態で終わるとちゃんと楽しみきれない層もあるので、『7〜8割の人は、1回見れば大体何が起こっているかわかるもの』にしたいと思ったときに、藤白さんが浮かびました。

 藤白さんは『意味が分かると怖い話』も出版されていて、それはフリがあってオチがあるショートショート。短い話の中でキュッと怖がらせるのを得意とされている方なので、やりたいことと合致しているなと思ってお願いしました」

 TVerでは、本編で起きていたことの種明かしともいえる後日談もニュース番組の形で配信した。しかし、種明かしだけではない狙いが大森にはあったという。

「番組本編では、密着VTRに登場した夫婦や子供はもちろん名前で呼ばれているんですけど、いざ事件としてニュースで取り上げられると、長女は未成年だから名前が出ない。物語だと思ったものが、いざニュースになると抽象化されてしまう。そこで一気に現実に戻されるような感覚を表現したいと思って、ニュース番組というフォーマットを使って、TVerだけで単体であげるという形にしました」

『このテープ』では気鋭のホラー作家とタッグを組んで構成を考えた

『奥様ッソ』の翌年、同じ枠で放送されたのが『テレビ放送開始69年 このテープもってないですか?』だ。テレビ局には保存されていない貴重な番組の録画テープを視聴者から募集・発掘する番組という体裁。番組の録画テープを振り返り永田、いとうせいこうと俳優の井桁弘恵がコメントをする形で番組は進行するが、テープを見る出演者の言動が徐々におかしくなっていく。

「最近のテレビに昭和を振り返る番組が非常に多いというのが着想になっているかもしれないです。それと前から好きだった“呪いの伝播”という要素を組み合わせた形ですね」

 構成にはホラー作家の梨が入っている。梨とは、作品が世に出るのは前後するが、Aマッソのライブ『滑稽」で声をかけたのが先。『このテープ』の企画が立ち上がった時、これも梨が作る作品の世界観に合致すると思い起用した。

「梨さんがnoteで発表した『瘤談』は、自分で考えて補完する部分が多い作品で、それを読んだときに『このテープ』をお願いしたいと思いました。『滑稽』のほうは自分で補完してもらうよりかは、作り込んだものにしたかったので、むしろ『このテープ』のほうが、梨さんの力をより活かせるのかなと。

 僕との役割分担は曖昧というか、梨さんに聞いてもらってもたぶん同じようにおっしゃると思うんですけど、2人で雑談のように色々喋って組み立てていったので、どこまでが梨さんでどこまでが僕の部分なのかっていうのがもうわからないっていうのが正直なところですね。竹村武司さんたちに作ってもらったバラエティのパッケージをどのように崩していって、呪いが伝播していく雰囲気を作るかというのを話し合っていました」

VHSが持つ“信頼できない語り手”としての強度

『このテープ』で紹介される番組録画テープももちろん実際に放送されることなかったフェイク映像。その映像も一から作り上げたわけだが、その映像の画質の粗さが、ビデオテープ特有のそれであり、不気味さをより一層際立てている。

「僕の世代の問題なのかもしれないんですけど、ビデオテープの画質というのが生理的に不気味さを感じさせます。iPhoneの画質と比べても画素数も低いですし色の幅も狭い。それがなんか落ち着かないし、映像のノイズからも嫌悪感を感じる。

 加えてVHS特有の上書きをするという工程がより一層不気味さがあると思います。都市伝説のものもあるでしょうがレンタルビデオ屋で、何者かが上書きして1分だけ元の映像が残っていたみたいなことがあるじゃないですか。そういった意味で“信頼できない語り手”としての強度がVHSにはあると思います。

 今回の映像も一度VHSを介してデータ化しているんですけど、最初は新品のVHSでやってみるものの、いい感じに映像が劣化しないんですよ。どうやら何回も何回も録画して擦り減ったVHSを使うからあの微妙なノイズが出るそうで。最終的には映像編集のオペレーターさんの自宅にあったハイスタ(Hi-STANDARD)のライブが録画してあった貴重なビデオテープを使わせてもらいました(笑)」

 当時の映像を再現するために画面比は4:3のサイズになっている。そのため現在のテレビで放送すると左右に黒い帯のような余白ができることになる。『このテープ』では、この黒みに、何かが映るといったギミックを使い恐怖を演出していた。

「梨さんと話しているときに出たアイデアなんですけど、あの黒い帯の部分になにか映せないかなと思い、本当に見えるかどうかギリギリの明度で映したんです。だから初見では気づけないんじゃないかなと思います。

 編集所でも、色々なテレビやiPhone、Androidで再生して、半分の機器では見えないくらいの暗さにしました。あるメーカーのテレビではほとんど見えなくて、あるメーカーのテレビではうっすら見える、そのくらいのギリギリを狙いました」

 番組では、1985年に放送されていたという『坂谷一郎のミッドナイトパラダイス』という架空の視聴者投稿番組が紹介される。視聴者投稿ビデオ企画といえば『加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ』(TBS)が元祖といわれているが、その1年前に実はあったというのが裏設定だという。

「昭和の番組を見返して出演者の距離が異常に近いっていうのが個人的にツボで、収録でもギュウギュウの雰囲気で撮りました。昭和の番組っぽさを出すために、美術さんが当時の美術スタッフに話を聞いてくれたりしました。

 一番こだわったのは照明ですね。今のテレビの照明ってホリゾントといって上と下から光を両方当てて均一になるようになっているんですけど、昔は上から当てたものを反射させて全体を明るくしていたそうで、そうすると光はあまり均一にならないんです。照明だけは編集では直しにくいので、今回はそのやり方を使いました。本当はテロップもレタリングして作って出したかったし、昭和を監修してくださる方を入れたかったんですけど、予算が尽きてしまって。そこは若干心残りではありますね」

『奥様ッソ』と『このテープ』でフェイクの楽しみ方が異なる

 スタジオのMCはいとうせいこう。いとうは『ミッドナイトパラダイス』について「ロフトプラスワン(のライブ)でテレビについて喋った時に、中堅の放送作家からこの番組の名前が出たりしてカルト的に人気だった」などと説得力抜群な嘘を語ったりもしていた。

「早い段階でこの番組のMCは絶対にいとうせいこうさんだというなんとなくの確信があったのを覚えていますね。せいこうさんは昔のテレビ番組やカルチャーへの造詣が深くて、それでいて、すべてを見透かすみたいな雰囲気があるじゃないですか。核心を突く人が、ちょっとずつその歯車がズレていくのってなんか怖く感じるんじゃないかと」

 同じフェイクドキュメンタリーでも、『奥様ッソ』は見ていくうちに段々とフェイクだとわかっていく過程に面白さがある一方で、『このテープ』はフェイクだとわかってからが、その面白さを味わうスタートとなっており、ある種真逆の楽しみ方になっている。

「『奥様ッソ』は、ある種、謎解きに近いというか、何が起こっているのか答えを知りたくなる面白さだと思うんですけど、『このテープ』はまさにフェイクが入口で、徐々に穢れや呪いのようなものに足を踏み込んでいく雰囲気を味わってほしいと思って作りました。

 僕と梨さんとの間ではかなり細かいところまで筋や設定を決めていました。その上で、どこを見せてどこを見せないかというジャッジが大事だと思っていて。当初予定していたよりも意図的に間引きました。

 不気味さを感じる瞬間って、わかった瞬間じゃなくて、繋がりそうなものが繋がらないギリギリの瞬間じゃないかと思うんです。あと一歩で繋がりそうな気がして、自分でその間を補完して、勝手にその人の中で一番気分が悪くなるストーリーをなぜか自分で考える羽目になるところがフェイクドキュメンタリーの最大の魅力だと思うんです。『このテープ』は、自分で埋めたくなる感覚を擬似的に発生させたいと思って作りました」

「そもそもテレビ自体が不気味なメディア」

 TikTokに『ミッドナイトパラダイス』の番組内のコーナーへの投稿者らしき人物のアカウントが存在するなど、テレビだけで終わらない仕掛けも用意されていた。

「マルチメディアを使うと視聴者の方がわざわざ見に行くという行為が生まれるじゃないですか。別に見たくもない石の裏の虫を見に行ってしまう感覚というか。同じ場所で起こっているよりも、いろいろな場所で起こっているものを自分でわざわざ見に行く方が、不愉快さや不気味さを感じるんじゃないかと思いますね」

『このテープ』が放送されると、ネット上では様々な“考察”があがり、大きな話題を呼んだ。

「この数年で“分かりづらい不気味さ”のムードの高まりを感じますね。例えばホラー映画でもジャンプスケア的な“驚く”と“怖い”の組み合わせ的な表現よりも、じっとりと起こっている不気味なことを面白がる人が増えている気はします。

 最近話題になった『近畿地方のある場所について』という本も、不気味なことがいっぱい起こってそれが繋がっていくストーリーですけど、明確な答えをクリアに提示するわけではない。

 そういった“分からない不気味さ”が受けているのは、『このテープ』のセリフでも出てきますけど「もうとっくにダメです」というような、心のどこかで「もう自分が何をしてもダメな気がする」という感覚があるからなんじゃないかと思います。

 これから10年後、めちゃくちゃ明るい未来が待っていると想像ができる人は、特に今の日本においてはあまりいないと思うんですよ。だからこそ、崩れかけている砂山を1回崩してしまいたいみたいな感じがあるんじゃないかと思いますね」

 自身が出演した『あたらしいテレビ』(NHK)では、「視聴者の感情を強く動かしたい。笑った後に、笑ったことを後悔して吐きそうになるものを作りたい。嫌な気持ちにさせたい」と語っていた大森。彼が強く惹かれるのは「怖さ」よりもむしろ「不気味さ」だという。

「やっぱり僕は今のところ感情として不気味さというのが好きなんですよね。それにテレビ自体が僕は不気味なメディアだと思うんです。勝手に流れてくるし、そもそも信頼の置ける人が作っているのかどうかもわからないのに、なにかいろいろな人の検閲が済んだ公の映像であるかのように放送されている。そういうメディアで不気味なものを作ることに僕は魅力を感じています」

(了。前編から読む)

◆大森時生氏演出のイベント「テレ東60祭@なぜか横浜赤レンガ 祓除」が12月2日23時59分まで配信中。詳しくは以下リンクからご覧ください。
https://pia-live.jp/perf/2338219-005

【プロフィール】大森時生(おおもり・ときお)/テレビプロデューサー。1995年生まれ。2019年テレビ東京入社。『Aマッソのがんばれ奥様ッソ!』(2021年)、『このテープもってないですか?』(2022年)、『SIX HACK』(2023年)など、テレビフェイクドキュメンタリーを数多く手がける。またお笑いコンビ・Aマッソの単独ライブ『滑稽』では企画、演出、音楽アーティスト・キタニタツヤの『素敵なしゅうまつを!』のMVのプロデュース・演出も務めた。

◆取材・文 てれびのスキマ/1978年生まれ。ライター。戸部田誠の名義での著書に『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『タモリ学』(イーストプレス)、『芸能界誕生』(新潮新書)、『史上最大の木曜日 クイズっ子たちの青春記1980-1989』(双葉社)など。

撮影/槇野翔太

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