[映画評]「バービー」…世界は誰が回している?現実知った着せ替え人形たちのカラフルな大騒動

 8月11日公開の「バービー」(グレタ・ガーウィグ監督)について紹介する前に、触れておかねばならないことがある。

 アメリカでは7月21日、まったく毛色の異なる映画2作が公開され、いずれも大ヒットスタートを切った。ひとつは、アメリカの文化的アイコンの一つともいえるバービー人形を主人公にした、この「バービー」。もうひとつは、原爆の父と呼ばれた物理学者ロバート・オッペンハイマーの人生を描く「オッペンハイマー」(クリストファー・ノーラン監督)だ。

 SNS上では、それぞれのイメージを掛け合わせた非公式画像の投稿が相次ぎ、バービーと、キノコ雲、あるいは爆発・爆風など原爆の風景を想起させる背景を合成したものも登場。そうした醜悪な投稿に対し、「バービー」のアメリカ公式SNSアカウントは好意的と思われても仕方のないリアクションをしていた。例えば、炎を背にした両作品の主人公の画像の投稿に対しては「忘れられない夏になるだろう」とハートの絵文字付きでコメント。日本で批判が広がった。

 公式アカウントの失態について、「バービー」を配給するアメリカのワーナー・ブラザースは謝罪の声明を出したが、なぜ、こんなことにが起きたのか、どうすれば防げるのか、掘り下げなければならないことはまだあるだろう。

 こんな状況の中で、「バービー」という映画が公開を迎えることが残念でならない。ピンクを多用したカラフルな映像世界で、主演のマーゴット・ロビーをはじめとする人間の俳優たちが着せ替え人形を演じる作品。なんとも能天気に思えるかもしれない。だが、違う。

 監督のガーウィグは、「レディ・バード」「ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語」と、技ありの女性映画を撮ってきた。彼女とノア・バームバックの脚本による今作は、花も実もあるフェミニズム映画。バービーというアイコンの引力を存分に生かして、観客をたっぷり楽しませながら、女の、男の、社会の、ありようを問う。

 そもそもバービー人形は、女性のありようと切っても切れない存在だ。世に出たのは、1959年。それまで女の子の人形遊びといえば、赤ちゃん人形を母親のように世話をすることだったけれど、大人の女性をかたどったファッショナブルな着せ替え人形は、女の子の視界をぐいと広げた。そしてたぶん、役割意識も。

 本作は、バービーの出現を「2001年宇宙の旅」の「人類の夜明け」になぞらえて描いた後、バービー人形たちが住む「バービーランド」の今を見せる。

 主人公である典型的なバービー人形(ロビー)が暮らす「バービーランド」では、多種多様なバービーたちが、女性であることを思い切り楽しみ、幸福な毎日を送っていて、バービーは、人間の女性たちもそうだと考えている。

 「バービーランド」の世界を回しているのは、女性であるバービーたちで、男性であるケンたちは添え物だ。バービーたちは何にでもなれる。さまざまな分野で活躍する多種多様なバービーがいて、主人公のバービーも満ち足りた日々を送っていた。彼女の脳内に死をめぐる想念が浮かび、きゅっと上がったハイヒール仕様のかかとが地面につき、太ももにセルライトが忍び寄るまでは――。異変の原因が、自分の持ち主である人間にあるらしいと知ったバービーは人間界へ旅立つ。

 そして彼女は現実に直面する。人間界では、すべてがバービーランドと逆。バービーは大ショックを受けるが、同道してきたケン(ライアン・ゴズリング)の目はらんらんと輝き出す。そこから起きる騒動をバービーたちがどう乗り切るかが、さらなる見せ所というわけだ。

 とにかくクレバーな映画である。バービーが現実を発見していく過程をコミカルに描きながら、男社会の奇妙さに改めて光を当て、その中でくすんでいる女性の姿を絶妙に浮かび上がらせる。観客も現実を再発見することになる。

 バービーは、人間世界のそこかしこで性差別に出くわす。彼女たちを世に送り出しているマテル社も(現実がどうかは知らないが)重役たちは男だらけ。意識高めの少女たちは、バービーの眼前で彼女の悪影響を指摘し、「フェミニズムを50年後退させた」と容赦なく言ったりもする。ほかにも、巧みな笑いにくるまれた女と男のあれこれが大胆不敵に描かれるのだが、そうしたことを、アメリカのメジャースタジオ配給の作品で、女性監督が堂々とやってのけていること自体、痛快だ。

 それが成立するのは、もちろん、毀誉褒貶(きよほうへん)を集めながらも60年以上売れ続けているバービーという存在があってこそ。ロビーが演じるバービーも、バービーが暮らすピンクの世界も、トゥーマッチすれすれのファッションも、明るく豪勢で眼福。そんなバービーの引力を味方につけて、ガーウィグは観客をぐっと引き付け、現実に一石を投じる。誰が何をどう変えていけばいいのかを、笑いと切実さを絶妙にブレンドしながら描いていく。

 自らを劇中のネタにされることを許したマテル社もなかなか豪胆な気がするが、この映画の評価がビジネスにつながるのなら本望だろう。経済システム! 人形たちの物語は、いろんなものを照らし出す。

 不思議なことに見ている間、人間が人形を演じることの違和感は感じない。プロダクションデザインの妙、人形遊びのお約束などを踏まえた描写の力も大きいのだろうが、やっぱり役者がうまい。ロビーしかり、ゴズリングしかり、わけあってヘンテコになったバービーを演じるケイト・マッキノンしかり、自分が演じる人形のキャラクターに徹している。人間なのにどこか人形のようなマテル社CEO役のウィル・フェレルもさすがだし、ヘレン・ミレンのナレーションもふるっている。

 ファンタジーではあるけれど、ぜひ、この映画に描かれていることは真に受けてほしい。自分とは違う立場の誰かが、何をどう感じているのか、いないのか。ちゃんと想像し、ちゃんと理解しようとすることが、きっと世の中を少しずつ、少しずつ、よくしていくのだから。過ちを防ぐ素地にも、きっとなるはずだから。(編集委員 恩田泰子)

 ◇「バービー」(原題:BARBIE)=上映時間:114分/2023年/アメリカ/配給:ワーナー・ブラザース映画

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