2020年に亡くなった俳優志賀廣太郎さん、大塚洋さんのお別れの会が30日、東京・こまばアゴラ劇場で行われた。
2人が所属した劇団青年団を主宰する劇作家の平田オリザ氏(60)は「おふたりが亡くなられたのは、コロナの1番厳しい時期だった。劇団員もお葬式にいくことができなかったので、やっと実現できてよかった」とほっとした表情を浮かべた。
2人の思い出について問われると、「おふたりとも声のいい役者さんだった。毎回、どう生かそうかというのが劇作家としての思いだった。2人とも本当に劇場が好きで、志賀さんはどんなにお忙しくても2年に一度はうちで出ていた。ここでお別れの会ができてよかった」と振り返った。
志賀さんは、桐朋学園大学短期大学を卒業後、ドイツ留学を経て、再び母校で演劇の非常勤講師をしていた。その演習で劇団青年団の作品を扱うことになり、「(作品のことを)分かっていた方がいいから(青年団に)出てみたい」と平田氏に申し出があったという。当時42歳。自身が演じることからは離れていた時期だったが、劇団に入団した。「(志賀さんの)名前が売れていくのと並行するように、劇団も大きくなった。典型的な遅咲き。もうちょっと長く活躍してもいいのになって」。
その人柄については「ちゃめっ気たっぷりでしょうもないいたずら好きだった」と懐かしんだ。マグネット付きクリップを全てくっつけて「本番前の忙しいときに何しているんですか!」と若い事務の女性に怒られているところも見かけたという。
100人規模の劇団で、演者であっても出番がない公演の場合は、劇場案内や受付などを役割分担することが多く、志賀さんも率先してその役割を担った。特に開演前に、舞台上から会場内にアナウンスする役割が好きだったといい、出番前の演者からはよく「今から出るおれたちよりいい声でやめてくれよ」とぼやかれていたという。
劇団が本拠地としてる劇場でもある会場には、舞台セットなどの思い出の品や多くの写真が展示された。29日と30日の2日間で約500人が訪れて故人との別れを惜しんだ。供花の芳名札には、役所広司、西島秀俊、佐藤二朗、佐々木蔵之介、草なぎ剛、木村拓哉、嵐、多部未華子といったそうそうたる共演者の名前もあった。
多くの人から愛された2人。平田氏は「劇団の成長とともにあった2人なので、今回のお別れ会が劇団員それぞれの1つの節目になって、明日から頑張ろうとなった。最後のお別れができずモヤッとしたところがあったのでよかったです」と穏やかな表情で語った。