2019年にステージ4の舌がんとリンパ節移転が見つかり、舌の6割超などを切除し、移植・再建する大手術を受けた。昨年デビュー40周年を迎え、リハビリやボイストレーニングを経て、今年2月の東京での記念コンサートで復活。この日の大阪公演は、生まれ育った堺市の会場を選び、地元ファンや全国から親衛隊も駆けつけた。
掘は「感無量。堺の空気ってこんな感じだったな。(大阪ライブは)10年?もっとかな」としみじみ。「ここまで来るのは本当に長かったし、本当にこういう日が来るなんて思ってもいなかった」と感謝を伝え、「(東京での)1回目よりプレッシャーがある。出産の2人目みたい」とはにかみ、本番に向けて意気込んだ。
歌とともに伝えたいことは「生きててよかった」というシンプルなメッセージ。自身の闘病だけでなく、ファンに向けても「それぞれの40年間を振り返って、皆さんがそう思ってくださったら」と呼びかけた。
そうしたなか、東京公演後の娘の反応を思い返し、涙があふれた。がんと診断された際、娘から「どんな姿でもいいからお母さんに生きていてほしい」と懇願され、手術を受ける決断につながったという。一方で「しゃべりづらくなったお母さん、思うように歌えないお母さんを見て、自分が生きてと背中を押したのが間違えだったんじゃないか」という思いもあったのではと想像。
だからこそ、ステージで歌唱する母に安堵し、「お母さんが生きててよかった」と喜ぶ姿を見て、堀自身ではわからない家族の支えがあったと実感。“7人のママ”である堀ファミリーの絆を感じさせた。娘は大阪公演も「行きたい」と言っていたというが、海外ホームステイ中のため「見守ってくれてる」と語っていた。