日本敗戦後、ソ連軍にとらわれてシベリア送りとなり、帰国を待ちわびながら9年間抑留されて病死した山本幡男という男がいた。彼は、最愛の家族に宛てた遺書をのこしていたが、ソ連の監視下にあってまともに持ち出すのは困難。捕虜仲間は、その遺書を山本の家族に届けるために驚くべき手段を取る。何が彼らをそうさせたのか。過酷な収容所(ラーゲリ)生活の中、周囲の人々に生きる力を与え続けた山本を中心とする人間群像が感動的に描かれる。
「男たちの大和」の作者でもある、作家・歌人の辺見じゅんによる傑作ノンフィクション「
導入部で描かれる山本一家の情景から一転、いつ終わるとも知れない過酷で理不尽な抑留生活の描写が始まる。酷寒、飢え、重労働、捕虜たちの間で続いていた旧日本軍の上下関係。誰もが今の自分を守るのに精いっぱいだ。
だが、そんな状況下にあっても、山本は、帰国の日は必ず来るのだと、周囲の人々を励まし続ける。戦場で負った心の傷に苦しむ者(松坂桃李)、軍隊時代の階級にしがみつく者(桐谷健太)、自らの過ちによって誇りを失った者(安田顕)、そして、無防備なほど純真な若者(中島健人)――。さまざまな人々が山本の言葉と行動によって目覚めていく。
二宮が演じる山本は、さっそうとしているわけでもなければ、勇ましいわけでもない。丸眼鏡をかけた、どこか少年のような面差しをした小柄なおじさんだ。ただ、彼は、しぶとい。どんなに異常な状況下にあっても、知性、理性、温かな人間性といったものを手放さず、まともであり続けようとする。それがいかに困難なことで、でも、どれだけ大切なよすがになることか。この映画は、それを見せる。劇中、ある人物が「生きるだけじゃだめ」で「山本さんのように生きたいんだ」と言った時、その言葉が素直にしみる。理不尽が渦巻く世界をどう生きていきたいか。どうすれば人の尊厳をあきらめずに生きていけるのか。捕虜たちが抱く問いは、今を生きる観客に向けられた問いでもある。
役者は、主要な役を演じる者はもちろん、脇にいる者たちもみな、瀬々組の一員としてこの物語を伝えることに乗っていて、それが、この映画の力になっている。そして、その真ん中にいる二宮には、ほかの誰とも違う柔らかで複雑なニュアンスがある。思慮深さと無謀さ、親しみやすさとかたくなさ、強さと弱さ、光と影の間を絶えず揺らいでいるような……。この映画の物語では、現実の山本が抱えていたであろう思想的な葛藤や、俳句を通じての仲間との深い結びつきは、掘り下げて描かれていないのだが、どこかはかりしれない部分をさりげなくにじませた、二宮による山本像は、物語に複雑な味わいをもたらしている。映画が進むにつれ、うるわしい情のドラマのボリュームが大きくなって、主人公が死んだ後、それがさらに加速していっても。
劇中、クロという犬が出てくる。収容所に実際にいた犬なのだが、終盤、びっくりする見せ場がある。感動を誘うつくりごとのようだが、実話。生きものとは、はかり知れないものを宿している。人もまたしかりである。(編集委員 恩田泰子)
◇「ラーゲリより愛を込めて」=上映時間:2時間14分、12月9日から全国東宝系でロードショー。