東京国際映画祭は世界中から優れた映画が集まる、アジア最大級の映画の祭典。今年のコンペティション部門には107の国と地域から1695本がエントリー。厳正な審査を経た15本が期間中に上映された。ソロゴイェン監督による『ザ・ビースト』(スペイン/フランス)は、スペイン、ガリシア地方の人里離れた山間の村を舞台に、移住して農耕生活を始めたフランス人の中年夫婦が直面する、地元の有力者の一家との軋轢をパワフルな演出で描いた重厚な心理スリラー。この日はソロゴイェン監督、メノーシェ共に登壇がかなわず、代理としてラテン・ビート映画祭プログラミング・ディレクターのアルベルト・カレロ・ルゴがトロフィーを受け取った。
審査委員長を務めたジュリー・テイモアは「心理スリラーであり、深く感動的なラブストーリーであると同時に、階級の格差、外国人の排斥、都市と農村の隔たりなどを重層的に解説する、並はずれた映画。この映画はまさに傑作です」と本作を絶賛。「脚本、演技、演出、音楽、映画撮影などあらゆるレベルで優れている。(劇中で)緊張が高まり、避けられない暴力が噴出しようとしているのを感じます。対話と時間に富んだシーンから、相互の対立に共感することができる。監督が、刺激的で感情的な作品に仕上げています」と評価した。
そしてこの日は、長年の国内外を含めた映画界への貢献が目覚ましい人に贈られる、特別功労賞を受賞した野上照代がステージに登壇するひと幕もあった。1950年に黒澤明監督の『羅生門』にスクリプターとして参加し、その後『生きる』以降の全黒澤映画に記録、編集、制作助手として参加した野上。「ありがとうございます。なんたって95歳ですからね」と笑顔を見せ、会場から大きな拍手を浴びた。「私は映画というのが本当に好きだし、映画という表現をここまで続けてきてくれた監督たちに感謝します。いろいろな表現があるけれど、映画ほどリアルで、具体的で、真実に迫るというのはすばらしいと思います」と心を込め、会場を沸かせていた。
観客賞を受賞したのは、今泉力哉監督が稲垣吾郎を主演に迎えた大人のラブストーリー『窓辺にて』。今泉監督は「私は個人的な悩みや、小さな悩みに焦点を当てた恋愛映画をずっとつくり続けています。世界には戦争やジェンダーなど様々な問題があるなかで、本当に小さな、映画の題材にならないような悩みや、個人的な問題などを、恋愛を通じて、また笑いやコメディ的なことも含めて描こうと思って、いままで映画をつくり続けています。見過ごされるような小さな問題について描きたいと思い、ずっとつくり続けています」と切りだし、「さきほど野上さんが賞をいただいている場面が、今日のクライマックスなんじゃないかと思いながら見ていて(笑)。自分も映画をつくってきてここに立てていることをうれしく思いますし、今後も続けていければと思います」とにっこり。
「今回ご一緒した主演の稲垣吾郎さんが新型コロナウィルスにかかっていて、この映画の初日にも大事をとって登壇できない状況があります。まだまだ戦争だけじゃなくて、コロナもそうですし、世界にはいろんな問題がありますが、ネガティブに全部とらえるわけじゃなくて、そこにある小さな喜びなど、そういったものについて、これからも自分なりにできることを考えていこうと思います」と未来を見つめていた。
セレモニーには小池百合子東京都知事も出席し、「毎年新しい才能が東京から世界へと羽ばたいている。大変うれしく思います。世界はいま厳しい状況にあります。大きな危機に直面している。困難を克服して明るい未来に進んでいくためには、芸術、文化が持つ多様性が欠かせません。あらゆる違いを受け入れて、世界を一つにつなげる力を持っています」と映画の持つ力について言及。テイモアは「異なる文化の持つ暗い面、明るい面、こういった側面を見ることは、映画祭のすばらしいことだと感じます」と口火を切り、新人、ベテランなどあらゆるフィルムメーカーたちが「コロナ禍のなか、資金集めが容易ではないなかで、想像力を駆使して、新たな作品をつくっていることは、本当にすばらしい」とそれぞれの作品を称え、「ありがとうございます」と感謝の言葉で第35回東京国際映画祭を締めくくった。
<第35回東京国際映画祭コンペティション部門受賞結果>
■東京グランプリ/東京都知事賞:ロドリゴ・ソロゴイェン監督『ザ・ビースト』
■審査委員特別賞:ホウマン・セイエディ監督『第三次世界大戦』
■最優秀監督賞:『ザ・ビースト』ロドリゴ・ソロゴイェン監督
■最優秀女優賞:『1976』アリン・クーペンヘイム
■最優秀男優賞:『ザ・ビースト』ドゥニ・メノーシェ
■最優秀芸術貢献賞:サンジーワ・プシュパクマーラ監督『孔雀の嘆き』
■観客賞:今泉力哉監督『窓辺にて』
<アジアの未来部門>
■アジアの未来部門作品賞
モハッマドレザ・ワタンデュースト監督『蝶の命は一日限り』
<Amazon Prime Video テイクワン賞>
該当なし
取材・文/成田おり枝