古田新太がのぞかせたプロの厳しさ「俳優は『できない』って言っちゃいけない職業」<初耳学>

10月30日放送の「日曜日の初耳学」(MBS/TBS系)のコーナー「インタビュアー林修」に、俳優の古田新太が登場。小学生の頃から俳優を志していたという古田が、演じることへの確固たる思いを語った。

■18歳で劇団☆新感線に入団

大阪芸術大学舞台芸術学科(ミュージカルコース)に通っていた18歳の頃、現在も所属する劇団☆新感線に入団した。劇団は当時から「大阪で一番動員があった」(古田)という人気ぶり。先輩団員に誘われたのがきっかけだったという。

以来、長きにわたり看板役者として活躍している。代表作の一つが、1990年初演の舞台「髑髏城の七人」。主人公・捨之介と敵役・天魔王の一人二役を演じるなど、その存在感は圧倒的だ。

林先生が「どんなふうに役作りはされるんですか」と尋ねると、古田は「全然しないです。僕は『台本に書いてあることを言えば帰れる』っていう考え方だから。自分で考えてしゃべる必要ないじゃないですか、お芝居って」と涼しい顔。だが、インタビューが進むにつれ、その言葉に隠された本当の思いがあらわになっていった。

■“つつがなくしゃべる”に技術あり

「『早く帰れる』っていうのは『いい仕事ができた』ってことだと思ってるんですよ。書かれていることをつつがなくしゃべれば早く帰れる」という言葉に、林先生が「でも、その『つつがなくしゃべる』ところに技術があるわけじゃないですか」と食い下がると、古田は「そうですね、林先生の言う通りですね。技術ですね」と笑顔に。

さらに、「演出家や監督が欲しい画(え)を作るのが、僕たち俳優の仕事だと思うんですよ。『言われたことをやれたら帰れる』っていうのは、言われたことできなかったら帰れないんですよ。『言われたことがすぐできる』ための準備をしておかないと帰れないんです」と、徐々に厳しい表情に。

林先生が「より厳しい言葉なんですね」と応じると、「俳優・女優さんは『できない』っていうことを絶対言っちゃいけない職業なんです」と持論を展開した。

そう言えるのは、そのための準備をしてきた自負があるからこそ。古田曰く「演劇をやろうと思ったのが小学生の時なんです。“武器”を持っておかないといけないなと思って、音楽をやり始めて、ダンスやり始めて、格闘技をやり始めていつでもできるようにしておいたら、最終的にはミュージカル俳優になれるんじゃないかな、って思ったんですよね」と、さまざまな基礎を習得してきたという。

林先生が「とっても計画的な、正しい方向に努力されたんですね」と唸ると、古田は「そうですね。中・高・大学とレッスンしかしてないです」と、徹底的に基礎固めに打ち込んだ日々を振り返った。

■経験に裏付けられた「基礎をやっといた方が面白い」

舞台で華やかな活躍をする一方、実は34歳の頃にドラマ「池袋ウエストゲートパーク」(2000年)に出演するまでドラマや映画など映像作品への出演は少ない。当時は「舞台は役者のもの、映像は監督のもの」という思いから「ドラマに興味がなかった」という。

そんな中でも、「池袋―」をはじめ宮藤官九郎脚本作品にはたびたび出演している。宮藤が脚本を担当した連続テレビ小説「あまちゃん」(2013年、NHK総合ほか)では、音楽プロデューサー・荒巻太一を熱演。踊るシーンで誰よりもキレのあるダンスを見せた。

林先生がそのことに言及すると「僕、もともとデビューがダンサーなんです、俳優じゃなくて。ぽっちゃりしたおじさんがちょっとキレ気味の踊りを踊ったら面白いじゃないですか。そういうのは“武器”だと思うんで」と語るなど、若い頃に身につけたスキルは今も役立つ。「若いやつらには、無駄かもしれないけど基礎をやっといたほうが面白いぞって言いますね」と、後輩たちにも基礎の大切さを説いているという。

舞台に立つことについての自身の思いを率直に語った古田。インタビューを終えた林先生は「本当の意味でのプロフェッショナル」と感嘆。「努力のかけらを決して人に見せない本当のプロだっていうのを見せつけられた」と、古田のプロ魂に感じ入っていた。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね♡
URLをコピーする
URLをコピーしました!

この記事を書いた人

アフィリエイター初心者です!よろしくお願いします。

目次
閉じる