「笑いは愛」忘れない 仁鶴さん一周忌落語会 弟子らが高座再現

「笑いは愛」忘れない 仁鶴さん一周忌落語会 弟子らが高座再現

笑福亭仁鶴さんを悼み、落語を披露する筆頭弟子の笑福亭仁智さん=大阪市中央区のなんばグランド花月で(吉本興業提供)

(毎日新聞)

 2021年に亡くなった落語家、笑福亭仁鶴さん(享年84)の命日にあたる17日、「一周忌追善落語会」が大阪市中央区のなんばグランド花月(NGK)で開かれた。筆頭弟子で上方落語協会会長の笑福亭仁智(じんち)さんら一門の噺家(はなしか)12人が集まり、亡き師匠が得意とした演目などを披露した。

 主催の吉本興業によると、新型コロナウイルスの影響で、仁鶴さんの追悼行事を公の場で開くのは初めて。ファンや関係者ら約800人を観客として招待した。

 会の冒頭で仁智さんは「師匠は大阪に落語家がいることを全国に知らしめたパイオニア。私生活では物静かでちょっと声を出したかと思ったら、ロシア民謡を歌っていた」と述べた。会の発起人を務めた吉本興業ホールディングスの大崎洋会長は「仁鶴さんが『笑いというのは愛がベースにないと成立せえへんねんで』と言ったのを今も覚えている。仁鶴さんが作った吉本の伝統が続いている」と語った。

 ステージは、仁鶴さんが晩年にNGKで独演会を開いた時の高座を再現。弟子たちは「初天神」など落語3席を披露した。トークでは、テレビ番組の映像を流したり、仁鶴さんが好きだったゴルフや妻隆子さんとの思い出を語ったりした。

 仁鶴さんは1962年、六代目笑福亭松鶴に入門。翌年に吉本興業入りした。速いテンポで爆笑を誘う語り口が人気を集め、上方落語の発展に尽くした。「タレント落語家」の草分け的な存在で、86年からNHK「バラエティー生活笑百科」で司会を務め、「四角い仁鶴がま〜るく、おさめまっせ!」のフレーズで広く親しまれた。功績の大きさから、05年には所属芸人として初めて吉本興業の特別顧問に就任した。【谷口豪】

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